隣の見知らぬ人



 俺たちは兄弟なのに、相手について知らないことが多いことに気づいた。
 バカ弟はジャガイモ野郎といつの間にか仲よくなって、今じゃブルストばかり食うようになっている。昼ごろに「ドイツんち行ってきたー」とか言って帰ってくることはしょっちゅうだ。
 ちくしょう、一人きりの家は広すぎんだよ! 本当は二人で住んでるんだからなおさらだ!
 おまけにアイツはジャガイモ野郎のことは褒めちぎったくせに、「俺を褒めてみろ」っつったらあからさまに困った顔しやがった。面白くない。
 ――いっそのこと、ヴェネチアーノとあのジャガイモ野郎が兄弟になればいいんだ。
 そう考えて、落ちこんだ。楽しそうにする様子が簡単に想像できたからだ。その中で、アイツは俺といるよりも嬉しそうな顔をしていた。
 俺たちは一緒にいたときよりも、バラバラに支配されていたときの方が長い。その間、顔を合わせることなんて数えるほどしかなかった。
 俺はアイツとずっと一緒にいたかった。アイツがジャガイモ野郎とするように、一緒に訓練をしたり、一緒に眠ったり、他愛ないことで一緒に笑ったりしたかった。
 だけど、原因とも言えるスペインのことは、空気読めないし鈍感だけど嫌いじゃない。それがつらい。
 憎むことができれば、怒りをぶつけることができたのだ。兄弟の仲がぎこちないのはお前のせいだと、責任を押しつけることができた。
 きっとスペインは申しわけなさそうに謝るのだろう。「気持ちはよう分かるよ」とか言いそうだ。そんなの見たくなかった。
 ――俺は誰に怒ればいい。
 ジャガイモ野郎? スペイン? ヴェネチアーノ? オーストリア? 俺?
 言いようのない寂寞が胸に迫る。


「あのジャガイモ野郎と一緒に住めよ」
 鼻歌を歌いながらパスタをゆでている背中に言う。ヴェネチアーノは不思議そうな顔で俺を見た。
「好きなんだろ」
「そりゃあ、そうだけど。そんなこと言うなんて思わなかった」
 びっくりした、なんて言って、鍋をかき混ぜる。麺を一本取り出して食べるとうなずいて、湯を切った。ものすごい量の湯気が広がる。
 それからは早い。いつの間にか目の前にパスタが並べられていた。ぐるぐるとフォークを回す。
「で、どうすんだよ」
「どうもしないよ。俺はドイツのとこに行く気はないもん」
「え」
 意外な言葉に手が止まる。アイツはにっこりと笑った。
「俺は兄ちゃんと一緒にいたいんだよ」
「……」
「どうしたの?」
「だってお前、俺よりあのジャガイモ野郎の方が好きなんだろ?」
 一瞬、ヴェネチアーノは虚をつかれた顔をした。ちょっと考えるそぶりを見せて、いつものお気楽な笑顔になる。
「どっちもだよ」
「おい」
「でも一緒に住むんなら断然兄ちゃんだよ。だって俺の兄ちゃんだもん」
「……」
 さらっとそんなこと言うな。俺はその結論を出すのに苦労してんだぞ。
「ずっとバラバラだったのに?」
「一緒にはいられなかったけど、そんなこと言ったってしょうがないんだから、これから一緒にいようよ。兄弟なんだからさ」
 グダグダ考えてみても、結局、コイツにはかなわなかった。単純に物事を解決してしまう。
 昔からそんなやつだった。明るくて素直で、俺にはまぶしかった。
「それなら、ジャガイモ野郎のところに行くなよな」
「ヴェー!? それは無理だよー」
「このバカ弟!」
 それから俺たちは一緒にパスタを食って、一緒に後片付けをして、一緒にシエスタした。
 見た夢の中で、今の俺たちと幼い俺たちが四人で遊んでいた。


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09/03/27