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 暖炉で薪がはぜる。炎のゆらめきに合わせて影が躍る。
「何の用だい」
 金髪に眼鏡の青年、アメリカが尋ねる。ロッキングチェアに座り目をつぶっていた男、イギリスは目を開けた。
 きぃ、とイスが軋みつつ揺れる。それに合わせて影もぶれた。
「また独立のときの恨み言でも聞かせる気かい」
 男は何も答えない。静かに椅子に身をゆだねている。
 灰になりつつある薪をしばらく見つめ、アメリカはため息をついた。このままわけの分からない沈黙に付き合っていられない。彼とて自分の都合があるのだ。
 立ち上がり背を向ける。
「悪いけど帰るよ」
 ガタン、と激しい音がするのと、腕を掴まれるのとは同時だった。驚いて振り返ると、ロッキングチェアが倒れ、わずかに低い位置から緑の目が見つめる。白い肌の上、影がくっきりと落ちていた。
 イギリスの持っている何かが炎できらめく。暖炉に差し込まれていた火かき棒だった。焼け焦げた先端はいかにも熱そうだ。それなのに素手で持っていた。
「火傷する――」
「かえせ」
「え」
「俺の弟をかえせ」
 視界の端から火かき棒が迫り、かろうじてよけた。空気を切る音は間近だった。もろに食らっていればどうなったかなど、想像するまでもない。
「いきなり何を」
「アメリカをかえせ!」
 鬼気迫る迫力だった。見開かれた瞳は濁り、目の前にいる彼など見ていない。
「アメリカは俺だ」
「違う、お前は取り替えっ子だ!」
 再び火かき棒が振り上げられる。彼は棒を掴む手を押さえた。力と力が拮抗する。
「かえせかえせ俺の可愛い弟のアメリカをかえせお前は偽者だお前なんかアメリカじゃないかえせかえせかえせ俺の弟のアメリカは俺を裏切って独立なんかしたりしないだからかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせ」
「……このっ」
 全体重を乗せて体当たりする。あっけなく細い身体は倒れ、ロッキングチェアにぶつかった。
 椅子の脚が折れる音、何かがつぶれる音、うめき声。
 イギリスは沈黙した。気絶したらしい。力をなくした手から火かき棒が落ち、甲高い音が響く。
「どうなされたのです!」
 部屋に使用人が飛びこんでくる。床に伏した二人を見て、何事かと目で問いかけた。彼はとりあえず立ち上がり、意味もなく襟を整える。
 掴まれていた袖には深いシワが残っていた。よほどの力だったのだ。もしかしたら腕には痣ができているかもしれない。
「いきなり倒れたんだ。とにかく医者に連れて行ってくれ」
「え、あ」
 使用人は混乱してまともに返事ができないだった。彼は髪をかきあげ、強い語調で言う。
「急いで。骨を折ったかもしれない」
「……は、はい!」
 ようやく我に返ったのか、青ざめた顔でうなずく。数名仲間を呼ぶと、イギリスを運んでいった。
 一人残った部屋で、アメリカは落ちたままの火かき棒に目を留めた。それを蹴り飛ばし、暖炉に入れる。脚の折れたロッキングチェアは使い物にはならなさそうだった。
 彼は小さく嘆息する。
 唇が「なぜ分かったのだろう」と言葉をつづったことを知る者は、いない。


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国百物語(企画終了)に参加した作品です。
09/05/04