砂の海を越えて



「なあ」
 呼びかければ、ソファーに座ったあいつが振りかえる。茶色がかった金髪がふわふわと揺れた。
「なに」
 髪と同じ色の眉はかすかにつり上がって、敵意を示す。そんな態度にも慣れた。もう何年、そんな付き合いを続けて来たんだろうか。
「隣、座っていいか」
「別にいいけど」
 俺とは逆方向へそっぽを向く。隣に腰を下ろして、細い首のラインを少し見つめた。
「なんの用よ」
「……好きだ」
 動きはない。よそを向いているから表情の変化も分からない。
 いつまで待ってもうんともすんとも言わない。だんだん不安になってきた。
「おい、聞こえたか?」
「聞こえたわよ」
「返事しろよ」
 また黙りこむ。こっちは一世一代の決心で言ったってのに、シカトとはいい度胸だな。なんか腹が立ってきた。肩をつかんで無理やりこっちを向かせる。
「やっ、放して」
 絶対俺に顔を見せないようにしながら抵抗する。顔見せる価値もないってか。暴れる腕を押さえこんで、顔をのぞきこむ。
 泣いていた。
「え」
 予想外のことにひるむ。つい力をゆるめたら、すかさず、思い切り平手打ちされた。
「なにすんだ!」
「あんたが放さないからでしょ!」
「お前が、……泣いてるから」
「うるさい」
 俺から距離を取ると、ごしごしと目をこする。一体なにが起きてるんだ。つか、なんで泣いてんだ。そんなにキライかよ。さすがに傷つくぞ。
 叩かれた頬がじんじんと痛む。手加減しなかったらしい。なんなんだこの女は。こういう奴だって知ってたけど。
「さっきの、本気なの」
「当たり前だろ。嘘言ってどうすんだよ」
 嘘だったらきっと平手打ちではすまない。どこからか飛び出したフライパンでボッコボコにされるに決まってる。
「いつもみたいにからかってるんじゃないでしょうね」
「バーカ」
 嘘であんなこと言えるほど器用じゃない。分かってるだろ。
「……本気なんだ」
 俺をじっと見つめてから目を伏せた。
「信じられないなら何回でも言うぜ? 好きだ好きだ好き――」
「バカ、やめてよ!」
 口を手でふさがれた。手の平の感触はやわらかい。
 あいつはまた涙を流して、肩を震わせていた。泣きながらも俺をにらみつける。
「なんでそんなこと言うの」
 なんでって。好きだからに決まってんだろ。そんなことも分かんねえのか。
 あんまり泣いてる顔は見たくない。涙をぬぐってやると、すん、と鼻をすすり上げた。色気ねえ。
「私は、あんたのこと、大嫌いって思ってて」
 分かってたけど、実際に「大嫌い」とか言われるとへこむ。フラれるのは覚悟の上だけど、あんまり傷口に塩塗るな。
「だからずっと殴ったり蹴ったり目の敵にしてたりしてて」
 もうすぐだな、と思った。
 砂漠のように乾ききって実りのない、不毛な恋がもうすぐ終わる。他でもないこいつの手によって。ざらざらと砂粒が零れ落ちて、死を招く。
「なのに今さら、『私も好き』とか言えない」
 ……は?
 え、なに。なに今の。今なんつったこいつ。
 「私も好き」って、……。
「わっ」
 理解するより速く抱きしめていた。髪が頬にこすれて、甘い香りがする。頬の痛さなんて完全に忘れた。
「ちょ、バカ、放せ」
「放すわけないだろ」
 だってようやく不毛な恋が終わったんだ。感動のあまりの暴走くらいさせろ。
 あーやばい。なんか俺も泣きそう。
「好きだ」
「……私も」
 顔を見合わせる。きらきらする涙とか、へにょんとなった眉とか、強気な瞳とか、いつもよりも可愛く見えた。
「ほっぺ、ごめん」
 指がふれる。ちょっと痛い。いや、全然気にならないけど。
「気にすんな」
 砂の海を越えてたどり着いたオアシスは、柔らかくて、ほんのり塩辛い。


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HOLY SHIT!!(企画終了)に参加した作品です。
09/06/23