コーヒーの泣く日



「お邪魔します」
 そう言いながら、イタリアとオーストリアとハンガリーの三人はドイツの家に上がった。何度も来た気安さで、緊張した様子もなく応接室のソファーに座る。
「相変わらず、きっちり掃除してあるのね」
 紅一点のハンガリーが部屋を見回した。昨日半日かけて掃除してよかった、と彼は内心で満足感を味わう。
「居候していた昔と変わりませんね」
 いきなり気持ちに暗雲がかかる。家に帰るのが嫌で仕方なかった時代が頭をよぎったからだ。
 雑草抜きをしていたはずなのにバラを植えていたり(引っこ抜くのは彼の仕事だった)、遠回しな脅しをかけられてしぶしぶ世話を焼いたり、あごでこき使われたり、あんなことはもう二度とごめんだ。
「なにかほしいであります!」
 イタリアが左手で敬礼しながら言って、最後には脱力した。オーストリアとイタリア、この二人が絡むと、彼にとってろくなことにならない。
「待ってろ。用意してくる」
「手伝おうか?」
 腰を浮かせた彼女を手で制する。気持ちはありがたかったが、客人にもてなしの手伝いをさせるというのも変だ。
「いや、座っててくれ」
 台所でお手製のケーキを切り分けてコーヒーを淹れた。味にうるさいのが二人もいるので、気を遣っていたらいつもよりも手間取ってしまった。
 待たせたから文句を言われるな、とため息をつく。トレイに人数分を載せて、また応接室に戻った。
「オーストリアさんの分からず屋」
 室内に入るなり、そんなセリフが彼を迎えた。ハンガリーとオーストリアがにらみ合っている。一触即発の雰囲気だ。彼が入ってきたことにも気づいてない。
 自分の家なのに抜き足でソファーに近づく。イタリアは二人の言い合いを気に留めていないようだ。声をひそめて尋ねる。
「おい、なにがあったんだ」
「気にしなくていいよ。それより、ケーキちょうだい!」
「『気にするな』と言われても」
 二人を盗み見る。オーストリアのマリアツェルはピンと伸びていた。ハンガリーは兄のプロイセンにするようにフライパンを持ち出すことはないだろうが、目が本気だ。
「いつもそうです、自分よりも私のことを優先にして」
「当たり前です。貴方も人のことを言えませんよ」
 放っておいていいのだろうか。戸惑っているうちに、トレイからコーヒーとケーキは一人分消えていた。
「おいしーい」
 のんきすぎる顔で褒めてもらっても、今ばかりは素直に喜べない。
「前だってそうでした」
「以前のことと今のことは関係ないでしょう」
「関係あります!」
 言葉の応酬は続く。原因がなんなのかさっぱり分からない。仲裁しようにも、入りこむ糸口が見つからない。
 ここはイタリアに従うことにして、ソファーに腰を下ろした。自分のを取り、食べる。我ながらうまくできていると思った。
 ケーキは爽やかに甘く、口の中でべたべたしない。おまけにコーヒーはほどよい苦みと薫りとコクが絶妙にマッチして最高だ。熱いうちに飲むのが一番うまいだろう。
「貴方も頑固ですね」
「頑固ですよ! でもオーストリアさんはもっとです!」
 ヒートアップする口論を、冷めた目で見る。
 ケンカは見ていて気持ちのいいものではない。場所が自分の家で、おまけに精力をかたむけたケーキとコーヒーがないがしろにされていればなおさらだ。
「おい、こいつらをどうにかしろ」
 成りゆきを知っているだろうイタリアに言っても、「ほっとくのが一番だよ」となにやら達観した答え。二人との付き合いが長いからか、こういう事態には慣れているようだった。
 コーヒーはおいしさを湯気にして散らし、ケーキはさびしく二人を誘う。部外者二人が何度めかのおかわりを平らげていたところ。
「……分かりました。貴方の言う通りです」
「そんな。やっぱり、オーストリアさんが正しいです」
 どうやら決着を迎えたらしい。
 すっかり冷めきったコーヒーとケーキを二人に差し出しながら、ドイツは呆れた表情を作るのを自重できずにいる。これで「マズイ」と言われたらキレても許されるだろう。
「で、お前らのケンカの議題はなんだ」
 二人は同じ動作でコーヒーを飲み、同時に言った。
「今日の夕食について」


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09/07/07