毎日楽しくやってます
四月の頭、ちょっと用があってドイツの家に立ち寄った。間が悪かったのか、すぐには相手できなさそう。
「そっちの用を済ませてからでいいわよ。特に急いでないから」
そしたら、ほっとした顔をする。
「すまない。すぐに戻る」
「うん」
立ちっぱなしも疲れるから、リビングのソファーに座る。手持ちぶさたからなんとなく部屋を見回して、前に来たときにはなかったものが目に入った。立ち上がって近づく。
白と黒のツートンカラーの、パンダのぬいぐるみ。二つある。一つはひたいに文字があって、片方よりも一回り大きい。
初めて見るのに、見覚えがあった。すぐに理由に気づく。
「あいつのブログに、写真があったわね」
頭がふかふかして気持ちいい。幸せを呼ぶかどうかは分からないけど。
「お、ハンガリー。来てたのか」
後ろから声が聞こえて振り返る。プロイセンだ。箱を抱えている。私がさわっているのに気づいてこっちに来た。
「可愛いだろ、それ」
正直に言えば、確かに可愛い。だけどこいつに同意したくない。
「いくらしたの」
あの二人のたくましさは知っている。値引きするとか言って、その後の方が通常価格だったりすることもザラだ。
「あー……ヴェストには言うなよ」
前置きして、金額を口にする。
高かった。私の予想より、桁が一つ多い。
「バッカじゃないの!?」
「どっちか買わねえ? 半額にしとく」
半額でも欲しいとは思わない。雑貨店に行ったら、もっともっと安く手に入るし。
「っていうかあんた、なんで私に売りつけようとしてんのよ」
「パソコンの修理代が必要なんだよ」
アイスをかぶったノートパソコンが浮かんだ。やっぱり、あんな風になったら普通壊れるよね。
「道に落としたと思って、ちょっと助けてくれ」
そんなに高額を落とすほど間抜けじゃない。遠回しにバカにしてんの?
「お断り」
「ヴェストがカンカンなんだよ」
「自業自得」
彼は情けない顔をした。いい気味。
とりあえずまた座ることにした。ドイツはいつまで待たせるつもりなんだろう。プロイセンは向かい側に座った。
「ブログ、コメントありがとな」
「あんたの最後だと思ったから、わざわざコメントしてやったのに」
「……おい」
イギリスくんの魔の手料理を食べて生きてるなんて。どうりで、フライパンで殴ったくらいじゃくたばらないわけよね。こいつって不死身なのかも。
「まあ、確かに、ちょっとお花畑が見えたけどさ」
少し赤くなった。照れくさそうに頭をかく。
「お前を残していけないからな」
「え……」
全世界に恐れられる食品兵器を食べたのに一命を取りとめた理由が私? それって。
「ウザ」
かなり冷ややかな声が出た。
なに言ってんの、こいつ。オーストリアさんのほっぺを引っぱった報いに、神様に挨拶してくればよかったのに。そのまま永住してしまえ。
「『いなくなると寂しい』って言ってただろ!」
「あれは社交辞令。調子乗んな」
フライパンで顔面を叩く。
「小鳥のようにカッコいい俺様の顔になんてことすんだ!」
「そうね、百八十度回転して見ればそうかもね」
だろ、とだらしなくデレデレする。それが「ん?」って顔になった。
「待て、それ後頭部じゃねえか!」
「安心して、こっちも百八十度回転するから」
「もはや見てねえ!」
それくらいが一番いいのよ。
いかに自分がカッコいいかを語り出したプロイセンは無視して、さっきから持っていた箱の中身をのぞく。写真だった。
「これ、前に海に行ったときの?」
「人の話聞け。……そうだよ。掃除してたら出てきた」
「見せて」
空と海の青がまぶしい。イタちゃんとかドイツとか、ほとんどみんな海に入っているのに、オーストリアさんはパラソルの下で休んでいる。
手当たり次第に写真を見ていくと、かなり古ぼけたものを見つけた。
写っているのは、中年くらいの男性だ。柔らかく微笑んで、写真越しにも威厳とか上品さとかが伝わってくる。
もしかして、この人。
「ほら、あんたの上司のよ」
被写体を見て、彼は目元を和らげた。少し幼い感じに見えるのは、あのころに心が戻っているからだろうか。
「フリッツ親父……」
懐かしむプロイセンは、どことなく遠い人のように見えた。いつもと雰囲気が違う。普段なら冷やかしていただろうけど、そんな野暮な気持ちになれなかった。
写真の中にいる男は、私とオーストリアさんとマリア・テレジアさまの敵だった。何度も血を流して、本気で相手を打ちのめそうとした。
恨みに思う気持ちも、当時に比べればずいぶん薄いけれど、まだ残っている。もう何百年の昔のことなのに。
「見つかってよかったわね」
だけど、敬愛する気持ちとか忘れられない想い出とか、そういうのは分かる。私の家にも、あの方の名残がいっぱい残っているから。
国や時代や状況が違っても、想う気持ちはきっと同じ。そう考えると、なんとなく胸に迫って切ない。
「すまないハンガリー。待たせたな」
ようやく戻ってきたドイツは、テーブルの上に広がる写真を見て、一気に目をつり上げた。
「散らかさないでくれ!」
彼はびくりと震えた。ぎこちない笑みを浮かべる。
「そうカッカすんなよ。ホットケーキ食って、幸せになろうぜ」
「どうせ作るのは俺だろう!」
しょうもない兄弟ゲンカに呆れていると、どこからかヒヨコが現れた。私の指をちっちゃなくちばしでつつく。
黄色の毛をなでながら、早く帰りたい、とひとりごちた。
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09/07/09