愛を乞うひと
「イギリスの馬鹿! まゆげ!」
鬱憤晴らしに叫ぶと、フランスさんは私をなだめるように私の頭をなでる。
「まあまあ、落ち着けよセーシェル。ワインでも飲むか?」
いきなり押しかけて愚痴ったのに、フランスさんはやさしい。あのまゆげ野郎に見習わせたい。
だけど頭をなでていた手が、肩に下りてさらにわき腹にいきそうだったからつねっておいた。こういうところがなければ、すごく頼りになる人なんだけどなぁ……。
ワインは断った。酔っ払ったらなにされるんだか分かったもんじゃない。一人でおいしそうに飲みながら、にやにや笑われる。
「それにしても公衆の面前で奴を引っぱたくとは、お前も大胆だな」
「だ、だって!」
国に持って帰るお土産を乱暴に扱われたら、誰だって腹が立つに決まってる。それに、ずっとしかめっ面で、こっちまでヤな気分になった。
……そりゃあ、久しぶりのお泊まりなのに月のものが来て、おまけに気分が悪くて処理さえできなかったのは申し訳ないと思う。
だけど、こんなの初めてじゃないし、いつもなら「しょうがない」って流してるのに。なんで今回に限って? 意味分かんない。
「帰ったらねちっこい嫌味のメールが送られてきたんスよ! これが英国紳士のやること!?」
「分かる、すごくよく分かるよセーシェル。愛が足りないよなー」
同意を得られて気分がちょっと大きくなる。ほら、やっぱり私は悪くない。
「もうやだ、別れる!」
勢いに任せて口走ると、「それはなぁ……」とにぶい反応。じゃあ俺のところに来ればいいよハアハアとか言われると思ってたんだけど。なんか意外。
「まあ、あいつも色々あるんだよ、うん」
「『色々』ってなんですか? 知ってるなら教えてください。付き合い長いんでしょう?」
フランスさんはしぶったけど、「まゆげには秘密にします」と言ったら、どうにかうなずいてくれた。俺が知ってる限りだけど、と前置きする。
「あいつさ、兄貴からいじめられまくってたんだよ」
「え」
末っ子っていうのは知ってたけど、そんな昼ドラみたいな関係だとは聞いてなかった。どうりで兄弟の話をしても、イヤーな顔をされたり話題を変えられたりしたんだ。
ってか、なんで私にそれを言わないんだろう。これでも一応恋人なのに。ケンカしたけど。別れるとか言っちゃったけど。
「俺も昔は色々世話を焼いてやったけど、結局あいつから離れてったからなー」
「そう、なんですか」
「あの性格だからアメリカにも逃げられたし。なんと言うか、愛を求めても叶わなくて、余計にひねくれちまった」
確かに、そんなことがあったんなら、あんな性格になっても仕方ない気がする。
――だけど。
「辛い目に遭ったってのは分かりました。……だからって、私にひどいことをして許されるんですか」
自分と同じ気持ちを私にも味わわせて、一体なんになるっていうの。自分勝手すぎる。
胸がもやもやする。すると、フランスさんは肩を叩いた。
「そうだよな。あいつの経験とセーシェルは無関係なんだから。でも」
紺の瞳が心を塗りつぶすように、まっすぐな視線を送る。
「ここは少しだけ大人になってくれ。セーシェルなら、できるだろ?」
すぐには答えられなかった。迷って迷って、ぎくしゃくと口を開く。
「……やってみます」
「いい子だ」
そんなことがあった数週間後、イギリス連邦に属する国の集まりがあった。
あのケンカ別れから連絡は取ってない。しようとしたけど、ふんぎりがつかなかった。
「我々の調査では――」
連邦の顔たる彼は、堂々とした態度になめらかな弁舌で会議を進めていく。ちょっと近寄りがたい雰囲気をまとわせて、まるでいつもと別人みたい。
大国として、誰もが一目置くイギリスさん。ときには冷酷な判断も辞さず、恨みを買うことも多い。だから、弱みもスキも見せない。
だけど、誰も知らない横顔を私は知っている。
たとえば、紅茶の味を褒めたら赤くなること。壊滅的にヘタな料理の腕前をあげようとがんばっていること。ネクタイを選ぶのに何十分も悩んだりすること。
――ずっと見てきたの。いつも隣にいて、笑ったり怒ったりしながら。
会議は二時間の休憩に入った。一番立派な控室に彼が入っていく。
会わなくちゃ。ケンカ別れをしてそれきりだからどんな顔をしたらいいのか迷ったけれど、いつも通りにしよう。
ノックする。返事を聞いて中に入る。後ろ手にドアを閉めた。
「セーシェル」
ふかふかのソファーに厳(いか)めしく座っていたイギリスさんは、私を見るなりそのまま寝転がってしまう。出てけとは言われなかったのをいいことに、近づいた。
ネクタイをゆるめて、ボタンを開けてシャツを広げ、大きく呼吸している。こんな格好が見られるのは、私だけだろう。というか、そうであってほしい。
なんの用だよ、とくぐもった声。眠りかけたところを邪魔したみたいだ。それでもやっぱり追い出されないことに、うぬぼれてしまいそうになる。
「前に叩いた左頬だけじゃ足らねえから、右頬も差し出せ、とか言いに来たか?」
あざけりの口調。イラッとしたけど、ここで怒ったってなんにもならない。
逆さまに顔をのぞきこんだ。お下げが揺れる。
「チャンスをあげに来たんです」
「は?」
碧の目がまんまるになる。まるでマスカットみたい。呑まれてしまうのは、いつも私の方だけど。
「私にしたひどいこと、全部謝ってください。今なら許してあげます」
「なに言ってんだ、お前」
自分でもそう思う。
だけど、心になにかが引っかかって、無条件に許すことができない。彼の生い立ちや過去を知ってしまったのに。
「言ってください。そしたらまた、私、イギリスさんのこと好きになれます」
大人になりきれない私と彼。愛を乞うのはきっと同じ。
親指が唇をなぞる。先端を口に含んだ。赤ちゃんが指しゃぶりをしてるみたい。
「……すまない」
瞳が細められた。泣く直前のようにも、痛がっているようにも見える。
「仕方ないから、許してあげます」
逆さまのまま、キスをした。あごに鼻があたらないように首をかたむけた。
こっちこい、と言われて、イギリスさんとソファーに横になる。ひたいとか耳とかに唇を落とされて、そこだけが腫れたように熱くなる。
きつく抱きついて、ゆるい呼吸をした。鼓動が愛を歌うように、とくとくと波打つ。
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英塞祭(企画終了)に参加していた作品です。
09/10/08