今も歪み続けている
まだ自分が男だと思っていたころ、一度だけ、プロイセンとキスしたことがある。
きっかけは、「唇同士でのキスをしたことはあるか」という話題からだった。お互いそんな経験なんてないくせに、嘘をついて意地を張った。
証明しろとか証拠を見せろとか、本当にくだらないやり取りの末、なぜかキスをしようということになった。
男同士だからカウントに入れない、なんていちいち細かい条件までついていたのだから、小賢しい子どもだ。
今考えると、彼は私が女だと知っていたに違いないくせに、よくキスする気になったものだと思う。むしろ役得に近い。
プロイセンが目を閉じろというから、私は目を閉じた。しばらく待ったけれどなにもなくて、薄く目を開けると真っ赤な顔で彼が硬直していた。
煮え切らない態度にイライラして、私から顔を近づけて唇をふれ合わせた。
感触はよく覚えている。……痛かった。どうやら勢い余って歯をぶつけてしまったらしい。痛みばかりが強くて、やわらかさとか味なんて全然分からなかった。
気まずいというよりも、「こんなものか」みたいなシラけた気分が広がって、まだ固まっている彼を置き去りのまま、私は城へ戻った。
自分が女だとようやく知ったのは、オーストリアさんの家へ行く前だった。
理由は単純、――初潮を迎えたから。男性器が生える前ぶれだと、喜びいさんで語った私に、やけに冷静なプロイセンがそうじゃないと否定した。
彼は知っていて、覚悟していたのだろう。遅かれ早かれそのときが来ると。
『その血は、女しか流さないんだ。……お前は女なんだよ、ハンガリー』
『……』
股から垂れる血は今までに見たことがないくらいに紅く、お腹の奥は重く澱んだ。
地獄のような一週間が終わってから数日後、プロイセンが私をチャンバラに誘った。あの濁りが嘘のような気分で、私は誘いに応じた。一合二合と刃を交えて、スキあらば容赦なく切りこんだ。
そして私は、初めて彼に負けた。
「『女』になる」というのは、そういうことだった。あらゆる面で「男」に引けを取って、戦ではただのお荷物になる。城の中でたおやかに笑うだけのお人形でしかいられない。
『俺、どうして男になれないんだろう』
花をかたどった髪飾りも、ふわふわした長い髪も、細い腰も、豊満な胸も、なんにもいらないし欲しくないのに。望むものには手が届かずに、いらないものばかりが溜まっていく。
うつむいた私には、もう、剣が少し重かった。
『お前は「男」だ』
彼の言葉がいっそう痛く胸に突き刺さった。慰めだと分かっていたから。
『でも』
『俺がそう思ってるんだから、お前は「男」だ』
なんて理屈だろう。呆然としてしまった私の肩をつかんで、必死の口調で彼は続けた。どこか泣き出しそうにも見えた。
『だから、そのままでいろ。「女」なんかになるなよ。約束だからな』
『……分かった』
その少しあとに、私はオーストリアさんの召使いになった。彼は、まだ「女」に馴染めない私の強ばりをゆっくりじっくり溶かした。
長い髪に櫛を入れるのが楽しみになった。くるりと回ってスカートのすそを舞い上がらせると、胸が躍った。毎月訪れる血のほとばしりも、それほど嫌ではなくなった。
私はどうあがいても女で、それからは逃げられない。ならば、女に馴染んで生きていくだけだ。男にはなれないのだから。
苦悩の末にやっと気持ちに決着をつけてしばらく経ったある日、オーストリアさんの屋敷へ彼がやって来た。
少年のころの面影はもうなくて、彼は立派な青年になっていた。引き締まった身体や鋭い目つきはあのころにはなかったものだ。
久しぶりね、と話しかけたら変な顔をされた。明らかに知らない誰かを見る目だった。薄情者と心で毒づいて、ハンガリーよ、とスカートをつまんで一礼したらもっと変な顔をした。
だけどその表情は昔のままで、私は笑い転げながらもほっとしていた。久しぶりに会えたのが単純に嬉しくて、一緒に屋敷の周囲を歩いた。
途中でいきなり雨が降って、丘の上の木で雨宿りした。
『ハンガリー』
名前を呼ばれて顔を向けたそのとき、あごを強くつかまれて、強引に唇を奪われた。
一瞬頭が真っ白になって、はっと我に返って慌てて抵抗すると、力づくで押さえこまれた。されるがままで、逃げることもできなかった。
忍びこんだ舌が、歯をなぞる。ぐちゃぐちゃと互いの唾液が混ざる。しかも飲みこんでしまって、思わずえずいた。
骨ばった手が乱暴に胸を揉む。そのまま草むらに押し倒してボタンを引きちぎる。
『……ゃ!』
渾身の力でもがいて逃げ出した。手が届かないほどの距離を取ったら腰が抜けて、その場にへたりこんだ。
心臓がクッキーみたいに、砕けて落ちていく気がした。拾おうと手のひらを出しても、指の間から逃げてしまう。
『なんで……!』
小さかったころのたわむれとはわけが違う。私は「女」になった。彼も、「男」になった。あのころとはそのままで、なにかが決定的にゆがんだ。
昔、私は自分を男だと思っていた。でも違った。それは女だったとかそういうことじゃなくて、……あのころの私たちには、真に性別なんてなかった。
だからこそあのキスは、獣が口元をすり合わせるくらいの、ただのたわむれでいられたのに。
胸が痛くて、涙があふれて止まらなかった。「男」である必要も、「女」になじむ必要も、そんなものなかったのに。
ただあのときのまま、性を持たない二人として共にあれたら、本当によかったのに。
『……』
彼はなにも言わずに雨の中へ駆け出した。その背中が消えるのを、ただ見ていた。
私は女だった。女でしかいられなかった。彼も、そうだったのだ。……恐らくは。
けれどその真意を知ることはできないまま、今も歪み続けている。
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09/12/12