ため息、ため息、最後に笑う
俺がハンガリーさんと一緒にお茶してたときの話。
「……ふぅ」
ハンガリーさん、困ったような顔をして、いきなりため息をついたんだ。さっきまでニコニコしてたから、びっくりしちゃった。
もちろん、すぐに「どうしたの?」って聞いたよ。暗い顔してるより、明るい方がずっといいもん。
「オーストリアさんのこと、なんだけど」
「うん」
指をもじもじさせてティーカップをいじる様子が、スッゴい可愛いんだ。それに、そうなると話も気になるでしょ?
「……私、彼のことが好きなの」
「知ってるよー」
イマサラだよね。昔からあんなに仲よしなのに、俺が知らないって思ってたのかな。
だから軽く言ったんだけど、ハンガリーさんはますます深いため息をついちゃって。俺、なにか悪いことした? してないよね? わけが分かんなくて、首をかしげちゃった。
「オーストリアさんに、私の気持ちをもっと知ってほしいの」
「知ってると思うよ?」
「そうだろうけど、もっともっと、全部伝えたいの。……どうしたらいいのかしら」
俺にもよく分かんなくて、二人で悩んじゃった。
だってオーストリアさんって、声変わりが来るまで俺が男だって気づかなかった人だもん。普通のことじゃ分かってもらえなさそう。
どうしたらいいのか、知ってる人、いないかなあ。……そうだ!
「日本に聞いてみようよ!」
「え?」
うん、って大きくうなずいた。
「だって日本はなんでも知ってるもん。だから、ね!」
……こんな経緯で、私にお鉢が回ってきたというわけです。
「よろしくお願いします」
正直困惑していますが、私を頼ってきた方を無下に追い返したくはありません。ない知恵を必死でしぼりました。
気持ちを伝える……伝えるといえば、メールとか手紙とかですかね? ですがちょっと直接的すぎますし、ある程度回りくどいのも必要でしょうか。
……ああっ!
「分かりましたよハンガリーさん」
「なんですか?」
きらきらした瞳で見つめられると、おじいさんになった私でも心が動いてしまいそうになります。それなのに見事なスルーを決めこむとは……オーストリアさんもタダ者じゃありませんねえ。
ちょいちょいと手招きをして、ひそひそと耳打ちしました。
「……それで大丈夫なんですか?」
疑うように目をすがめています。我が国の普通が通用しないなんて、欧米事情は複雑怪奇です。
「ええ。由緒正しき告白法です」
力強くうなずくと、信じてくださったのでしょう、ハンガリーの頬に赤みが差しました。
「分かりました。今夜さっそくやってみます」
若いっていいですねえ。うらやましい限りです。
「日本はどうアドバイスしたんだ?」
「オムライスに、ケチャップでハートマークを描いてみて、って」
だから腕によりをかけて、彼女は二人分のオムライスを作ったのだそうだ。そして、緊張しながら料理を出したのだが。
「うっかり逆さまのままにしちゃって……。『桃ですか?』なんて聞かれたわ」
「ハートだと言えばよかっただろう」
「それじゃあ意味ないわよ!」
その「意味」の意味を俺は知りたい。……いや、やっぱり知りたくない。
ため息が彼女とシンクロした。
「ねえ、ドイツも協力してよ」
「俺が?」
「従弟なんだから、私の知らないことも知ってるでしょ?」
それはそうだが、役に立つとは思えない。どうしたものかと、宙を仰いだ。
「思い切って、ストレートにアタックしてみたらどうだ」
「でも……」
「自分の気持ちをぶつけてみろ。……俺にはこれしか浮かばない」
フランスあたりなら回りくどくて優雅な方法を知っているのだろうが。
「そうね……。……そうよ!」
いきなり彼女は元気づいて、勢いよく立ち上がった。
「自分の気持ちをストレートにアタック、これよ! ありがとう、助かったわ!」
ハンガリーは足取りも軽く部屋を出て行った。俺の時間は一体なんだったのだろう。
「へぇ、それで、ボールに告白の言葉を書いて、オーストリアにアタックさせたんか」
「ええ。でも、顔面に直撃させちゃって……鼻血が」
「うわ」
想像しただけで、俺まで痛い気分や。オーストリアのやつはなおさらひどかったやろな。
「もう告白どころじゃなくて……うやむやになっちゃったわ」
「気ぃ落とすことあらへんよ。せや、チュロス食うか?」
「ん、ありがと」
二人して食べたから、静かになる。ロマーノにも食わせたいくらいおいしい。もう一度作って、呼ぶのもええかも。
「失敗ばっかりだわ」
「大丈夫やって」
「でも……」
こんなに想ってもらえとるオーストリアが、なんや憎らしくなってきたわぁ。アイツ、鈍感やからなぁ。
「なんやったら、俺も協力しよか?」
「いいの?」
こんなにイキイキして、ホンマにオーストリアが好きなんやろな。ロマーノもこれくらい素直やったらいいんやけど。
「オーストリアがどう思っとるのか、ちょお聞いてみる」
「ありがとう!」
で、結果はと言うと。
「雑談に夢中になって、聞くの忘れたんですって……」
ハンガリーちゃんはがっくりと肩を落とした。積み重なった疲労が見えるようで、よしよしとか言って背中をさすってあげたくなった。フライパンがあるからやらないけど。
「まあ、スペインだからしょうがないさ」
「そうなんですけど……でもぉ……」
唇を噛み締めるのが色っぽくて情熱的でいいねえ。キスしてゆっくりほどいてあげたくなる感じ。しないけど。
「私、なにやってるのかな」
「そんなもんさ」
ワインを一口飲んで、ふ、と一息つく。
「相手の歓心を得るために、身を粉にして、報われなくてもまたひたすら繰り返す。……愛ってのは、ピエロになるってことさ」
「……」
思い当たる節があるのか、ハンガリーちゃんは押し黙ってしまった。オーストリアなんかのために、健気だねぇ。
「フランスさんが私なら、どうしますか」
「俺? ……そうだなあ」
目についたのは、彼女の首から下。
「まあ、スケスケの下着で夜這いでもかけるかな」
その瞬間、フライパンが唸って光った。
色んな方法を試したけれど、成功したとは言いがたい。むしろ逆効果のこともあった。
……実はフランスさんの方法もやってみたけれど、「寒いでしょう」なんて言われて厚着させられてしまった。確かに寒かったけど。なんでそんなことだけ鋭いんですか。
やっぱり、無理なのかな。今オーストリアさんに伝わってる分だけで満足するしなくちゃいけないのかな。
「はぁ……」
食事中のため息に、オーストリアさんは不思議そうな顔をした。
「口に合いませんでしたか?」
「いいえ、そんなこと!」
慌てて頭を振る。作ってもらった料理は(途中で謎の爆発音がしていても)とってもおいしい。丁寧で素朴な味だ。
なんでもないです、とごまかした。こんなに近くにいて、キスもそれ以上のこともできるのに、想いを伝えることだけが難しくて仕方ないなんて、変ね。
「そういえば」
「なんですか?」
「以前作ってもらったオムライス、おいしかったですよ」
「えっ」
オムライスってあれよね、日本さんから入れ知恵してもらって作った、あの。
「桃の形のケチャップも大変ユニークでした」
「ありがとう、ございます……」
桃じゃなくてハートです。
「よろしければ、また今度作ってくださいますか」
数回、まばたきをした。そして、私は満面の笑みを浮かべる。
「はい!」
そんなに、空回ってばかりじゃないのかもしれない。あきらめなければ、いつかはきっと、分かってもらえる。
ウキウキしながらもう一度食べた料理は、さっきよりもずっとおいしかった。
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20000ヒット企画リクエスト「墺→←←←←洪」
ネタ協力 : アキさん
09/12/28