いざや楽しき
あそこにあるはず、と普段ほったらかしにしていたものは、いざというときに出てこない。
この日のために用意しておいた、上物のワイン。もう少し熟成させておこうと、地下室のワインセラーに保管したはずだったのに。
もう何度も探した場所をごそごそやる気力も尽きて、ため息をついた。見つからないものはしょうがない。失せものってやつは、必要性がなくなったときに発見されるものだ。
まいったな。頭をかきながら時計を見る。あいつらとの約束まで、あとわずか。
すぐに見つかるだろうとたかをくくって火にかけたままにした鍋が、ふと頭をよぎる。やばい、忘れてた。あわてて地下室をあとにする。
焦げくさい黒い煙がキッチンやリビングに充満していて、げんなりしながら火を止めた。あのアングレーズの呪いでもかかってんのか。咳きこんで涙目になりつつ、窓を開けて回る。
ワインもつまみもないって、なんのために飲み会をするんだか。今からじゃ調達する時間もないし、ありあわせのものでごまかすしかない。
まだマシなワインを選んで、一体なにを作ればいいのか冷蔵庫の前で悩んでいると、チャイムが鳴った。きっちり時間通りってことは、あいつの方だな。
「よう、俺様が来てやったぜ!」
「はいはいようこそようこそ。ま、あがれよ」
リビングの方を示す。プロイセンは慣れた様子でそこに向かった。
「ん? なんか焦げくさくねぇ?」
「あー、うん……ちょっと、な」
「しっかりしろよ」
悪意はないただの軽口だとわかっている。それなのに、やけに腹が立った。
「わかってるさ」
どいつもこいつも、俺の思う通りになりやしない。口から出た声は自分で思ったよりも不愉快そうで、我ながらぎくりとするくらいだった。
当然、プロイセンは気まずそうな顔をする。ソファーに座っても黙ったままだ。謝るタイミングがわからずに俺も黙りこくる。
なにやってんだ、俺。せっかく久しぶりに三人で飲むのに。とっておきを用意したりするくらい、ずっと楽しみにしてたんだ。それはこいつだって同じはずだ。不手際は自分の責任だろ。八つ当たりしてどうする。
会話の糸口を探そうと視線をさまよわせて、プロイセンが紙袋を持ってきていることに気づいた。縦に細長い直方体の筒が一本のぞいている。
と、そのとき。
「お邪魔するでー」
チャイムもノックもなしに、スペインが顔を出した。
「おっせぇぞ」
軽い調子ではやし立てる。こいつの遅刻はいつものことだけど、今日ばかりはありがたい。ぎすぎすした空気の緩衝材にちょうどいい。
「もうはじめとった?」
「いや、まだ」
「そういえば! 俺、手土産を持ってきてやったぜ!」
プロイセンは紙袋の中身を俺に手渡した。箱を開けてみると、中にはビール瓶。
理不尽な八つ当たりしたのに。俺のために。不覚にもうるっとしてしまいそうになった。歳のせいか、最近はこういうのに弱い。
「……ありがとね」
「やっぱ飲み会にはこれだろ! ドイツのビールは世界一ィィィィ!」
「あ、せやせや、俺も持ってきたでー」
半透明のビニール袋からうっすらと赤い球状のものが透ける。スペインのことだから、もしかしなくてもあれに決まってる。
開けてみたら、案の定、トマト。ついつい笑ってしまう。うれしくないって意味じゃなくて、こいつらしいな、と思わずにはいられなかったから。
「ありがとな」
「出てくるときにもいできたから、採りたてほやほややで!」
レシピを考えてるのに、スペインはさらにまくし立てる。
「さらに! 今日はおまけ付き!」
「なんだよ?」
「じゃじゃーん! ハモンセラーノや!」
思わず口笛を吹いてしまった。素直にありがたい。なんたって世界三大ハムだ。
「お前、よくそんなのあったな」
「もらいもんやけどな。二人にも食べさせたろ思って、とっといたで」
もうなんなのこいつら。お兄さんを泣かせるつもりなの? そうなの?
でも、悪いけどその手には乗らないよ。俺には、お前たちか感涙にむせぶほどおいしい一品を出すっていう使命があるからね。
「とりあえず、リビングで待ってろよ。ちょっと腕によりをかけてオードブル作ってくる」
「おう」
「楽しみやー」
だいぶ焦げくささが消えたキッチンに入る。トマトとチーズとハムと合わせて、それから仕上げにオリーブオイル。ボトルを引っぱり出そうとして、予想外のものを見つけた。
「え?」
あんなに探しても見つからなかったワインが、当たり前のように、調味料を入れてる棚にあった。
なんでここに……あ。
そういえば昨日、味見ついでにフランベに使ったんだった。そのままうっかり片づけちまったのか。そりゃあワインセラーを探しても見つかるわけがないよな。なにやってんだ、俺。
深いため息が出た。自分のうっかりさに呆れたのが半分、安心が半分。
「フランスー? はよ来んと、プロイセンがビール開けようとしとるで!」
「ちょっ、スペイン!」
「はいはい、今行くって」
オードブルを完成させてから、軽い調子で答える。瓶の中で、ワインが笑うようにたぷたぷ揺れた。
今夜も楽しくなりそうだ。
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11/02/03 初出
11/04/04 再録