答えは唇に隠れていた
好き、なんて、そうそう意識するもんじゃない。呼吸をするように、リンゴが木から落ちるように、夜が明けるように、ごく自然に身体に染み着いたものだからだ。
だから、今みたいにいきなり「私のどこが好きなの?」なんて言われても困ってしまう。
「つか、なんでそんなこと知りたいんだよ」
「本当に私のこと、好きなのかなって」
女ってめんどくせぇ。
それに、そういうのは態度で示してるつもりだったんだが……伝わってなかったのか? それはそれでヘコむぞ。俺だけ空回ってるみたいだ、というかそれそのものだ。
「早く言ってよ」
「あー、そうだな、うん」
口ごもればあっという間に表情を変えた。つり上がった眉が勇ましい。
「釣った魚にエサはやらない、ってわけ?」
「そんなんじゃねえけど」
指先に髪を絡ませて、もてあそぶ。するするとこぼれるような指通りが気持ちいい。光を弾いてきらめく。一房ちょん切って小物に編みこんだら霊験がありそうだ。
髪だけじゃ満足できなくなって、肩をつかんで抱き寄せた。間近にある小さな耳を甘噛みする。ぴくりとふるえるのが、小鳥とかリスとかの小動物を思わせる。
「ごまかさないで」
「そんなつもりはねえけど。ごまかされそうなのか?」
顔を赤くした。可愛い。マジ可愛い。俺以外の誰にも見せたくない。俺だけのものにしたい。
「答えてよ」
すねる唇がつややかに輝く。シロップでもかけてるみたいだ。甘そう。口づけたくなる。
いや待て、それを実行に移したら今度はフライパンがやって来かねない。だから今は答えることに集中するんだ、俺。キスはあとでいくらでもできるから。
どこが……どこが、ねえ。
「『全部』っていうのはナシよ」
なんで分かったんだよ。
つーか、本当に全部好きなんだけどな。容赦ないフライパンさえ含めて。こう言うとマゾみてえだけど。
「具体的に言って」
ずいぶん注文が多いな。
「顔、見せろよ」
頬に手を添えて、真っ正面からまじまじと見つめる。緑の瞳がたじろいだように泳ぐ。
「目の色が綺麗だよな。食べたくなる」
まぶたに唇をつける。
ここへのキスは憧れ、とか言ったのはどこの詩人だったっけ。ま、どこでもいいか。
「ほっぺが可愛い。やわらかくて」
親指でこすった。皮膚が破けてしまわないか不安になる。マシュマロみたくふわふわしてるのに弾力がある。
こすったせいではないだろうけど、頬にうっすらと血の気がのぼる。白っぽくても赤っぽくても可愛いぜ、と言ってみると、ますます赤くなった。
「さ、さっきから、『可愛い』しか言ってない」
「可愛いんだし、しょうがねえよ」
バカ。怒ったような響きは、照れの裏返しだ。そんなとこも可愛い、と言ったら、今度こそ本当に怒るんだろう。
「それに、顔ばっかり」
「はいはい」
こういうワガママに付き合ってやる理由を、ちょっとそのおつむで考えろ、お前。
「身体もいいと思うぜ。胸とか腰とか胸とか」
「身体が目当てなわけ?」
「それもある」
つい正直に真顔で答えてしまって、フライパンで殴られた。
嘘つくよりいいじゃねえか。だいたい、ベッドの中じゃあんなに仲よくしてんだから、そりゃ身体も好きに決まってんだろ。でなきゃヤらねえよ。
「お前はどこを好きって言ってほしいんだ」
「もっとこう、中身とか」
「やさしくておおらかで可愛げのあるお前に、俺様メロメロだぜー」
「……なんで棒読みなの」
さすがに疲れてきたんだよ。こんなに頑張ったんだから、褒めろ! 讃えろ! 跪け!
「満足したか?」
「うーん……」
これ以上は勘弁しろ。いくらなんでもネタが尽きるんだよ。
「まあ、今日はこれくらいにしておいてあげる」
「そりゃどーも」
大きく息をつく。今度は俺が質問していいか尋ねると、うなずいた。
「唇がつやつやしてんのはなんでだ?」
「グロス」
「ふうん。キスしていいか?」
「勝手にしたらいいじゃない……!」
じゃあ、お言葉に甘えて。
好きな理由を口で表すのは難しいのに、唇で伝えるのは簡単だった。
そのギャップについては、またあとから考えるとしよう。今はただ、やわらかさを味わって。
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09/11/28 初出(「記憶へホットラインを」に掲載)
11/09/28 再録