馬鹿のままでいい



 ベラルーシちゃんの小さな唇をひたすら貪る。
 呼吸できないんじゃないかとか、しつこすぎるかなとか、色々なことが頭をよぎるけど行動には移せなかった。むしろキスはどんどん深くなって、勢いのまま彼女をベッドに押し倒してしまう。
「ね、いい……?」
 ほしい。ベラルーシちゃんの全部を俺のものにしたい。俺を彼女のすべてにしてみたい。
 呼吸が浅く速くなる。身体の中で熱が暴れ狂う。全部ぶちまけたい。吐き出したい。
「……」
 まつげがふるえる。瞳がさまよう。唇が噛み締められる。それがよく見えるほどの近さにいる。二人の間の距離をもっと縮めてしまいたい。
「ベラルーシちゃん」
 切望を秘めて呼びかける。キスをしようとしたら手のひらで口をおおわれた。そして冷たく言い放たれる。
「よく聞け。私は『初めて』じゃない」
 頭が真っ白になった。
「……それは、ええっと」
 台詞の意味が浸透するのにつれて、身体から熱狂が引いていく。
「私は処女じゃない」
 やけにはきはきした言葉だった。さらに呆然としていると、へそのあたりをつねられる。爪を立てられて痛いはずなのに、なんだかあんまり感じなかった。
 ベラルーシちゃんの藍色の瞳がぎらぎらした光に彩られて、すごく綺麗だと思った。場違いかもしれないけれど。
「なにか言いたいことはないのか」
「……なにを?」
 本気で素のまま、尋ね返した。だって突然のカミングアウトを理解するだけで、もう、いっぱいいっぱいだ。リアクションだとか追及だとか、そんな余裕ない。
「相手は誰だのいつだの経験人数だの、山ほどあるだろうが!」
「う、うん」
 勢いにつられてうなずいた。言われて初めてようやく気づいて、今さらながら疑問に思った。その途端、心臓がちりちりと焦げつく。その熱は温度を増しながらじわじわと広がっていく。
 これは怒りなのかな。それとも侮蔑だろうか。もしくは、彼女の「初めて」だった相手への嫉妬?
 ……ううん、きっと、どれでもなくて。
「どうしてわざわざ自分からそんなこと言ったの?」
「あ……それ、は」
 銀色のまつげに縁取られた双眸が、俺の視線から逃げるように伏せられる。それを見て自分の気持ちを確信した。
「お前のヤる気を削ぎたかっただけだ」
「嘘だよ」
 偽悪ぶった言葉がかわいらしくて唇がゆるむ。俺が笑ったことにか、それとも言ったことにか、あるいは両方にかはわかんないけど、ベラルーシちゃんはするどく俺をにらんだ。
 そんなところもかわいくていとしくて、指と指を絡めたら、彼女はびくっと緊張した。
「いいんだよ、強がらなくたって」
「知った口を利くな!」
 ベラルーシちゃんは声を張り上げる。だけど、気づいてるかな。手がふるえてるよ。
「処女じゃなくたって、俺はベラルーシちゃんのことがすきだよ」
「綺麗事を、言うな」
 食いしばった歯の間から絞り出されたうめき声。
 それすらも大切に思えるんだって、どうしてわからせてあげられないんだろう。
「私は汚れた女なんだ。本当はお前にふさわしくないんだ。すきだと思われる資格なんてないんだ!」
「うん、ないよ」
 俺の言葉に、ベラルーシちゃんは小さく息を呑む。泣きそうな顔ですがるように俺を見つめる。
 そんな表情するくせに、どうして自分から逃げようとするんだろう。
「すきだと思われたり思ったりすることに、資格なんて必要ない」
「……」
 ベラルーシちゃんは長いことなにも言わなかった。マズいこと言っちゃったかな、って焦りはじめたころ、変化が起きた。
 赤ちゃんがするよりも弱々しく、握り返された手。うれしくなって力をこめたら、もうちょっと強く握ってくれる。
「……お前、馬鹿だな」
 何度も何度も繰り返し言われてきたセリフに、苦笑。そんなに進歩してないかなぁ。
「罵っていいんだ。殴ったってかまわない。むしろ私には、それくらいが心地いい」
「ベラルーシちゃんにそんなひどいことしないよ!」
「……だからお前は馬鹿だと言ってるんだ」
「それなら馬鹿のままでいい」
 ベラルーシちゃんを罵ったり殴ったりするのが賢いことなら、俺は馬鹿のままでいい。大切な人を傷つける方がよっぽど馬鹿なことだと思うから。
「くそったれ」
 そう言う唇とは裏腹に、指先が白くなるほど強く手を握ってくる。後者が本音だって思うのは、都合がよすぎるかな。でも惑わされてもだまされても、ベラルーシちゃんならなんだってかまわない。
 だって、俺はベラルーシちゃんのこと。
「すきだよ」
「……」
 返事はなかった。だけど、すがりつくように首に抱きつかれた。きっとそれが答え。
「……リトアニア」
「ん、なに?」
「お前が私の『初めて』だったらよかったのに」
「……うん」
 ベラルーシちゃんは一体どんな気持ちでそう言ったんだろう。俺の想像は正解じゃないと思うけど、でも、切なくなる。
「……すきだよ」
 声がかすれる。俺の首に巻きついたベラルーシちゃんの腕の、指先に力がこもった。
「……もっといえ」


 馬鹿の一つ覚えそのもので、同じ言葉を繰り返しささやきながら、俺は、ベラルーシちゃんの深いところに侵入することを許された。
 果てる瞬間に、俺を抱きしめてベラルーシちゃんも同じ言葉を唇に乗せてくれたことを、一生忘れない。


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10/04/10 初出
11/12/06 改稿再録