四月一日流のクリスマス



 目覚めたプロイセンの目の前にいたのは、目を細めてこちらを凝視するハンガリーだった。
「うおわぁっ!?」
 思わず叫ぶと、彼女はうるさそうに頭を振る。
「あ、起きた?」
「おう……」
 寝起きにあんな顔を見せられては、すっきりばっちり目覚めるに決まっている。まだ動悸が収まらない。しかし彼女は彼の驚きように頓着せず、しれっとあくびまでして見せる始末だ。
「なにがあったか覚えてる?」
「……あ」
 そういえば、自分は不審な人物にさらわれたのだ。
「なにが起こってんだよ!? それにお坊ちゃんは――」
 矢継ぎ早に質問を繰り出そうとしたが、唇に指先を当てられてなにも言えなくなる。不意を突かれたことと彼女が落ち着いていることが、彼を冷静にしていく。
「安心して。結論から言うと、もう、全部終わったから」
「結論だけ言われてもな……」
「はいはい、ちゃんと説明してあげるから」
 彼女が語ったのは、にわかには信じがたい話だった。
 裏地球という別の世界があり、そこには自分たちと同じ姿をした猫科の人々がいること。その世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため、裏地球の住人たちがある人物を探していたこと。他国の協力やドイツの奮闘もあり裏地球は救われたこと。
 彼のように裏地球の住人にさらわれた人々は、いつの間にか元いた場所に運ばれていたそうだ。
「事情の説明はこれで全部。それから、オーストリアさんは無事。先に目が覚めて、今はイタちゃんたちと一緒に自分の家に戻ってるわ。服、破れてたしね」
「……ふーん」
 適当に相槌を打つと、ハンガリーは顔をしかめる。
「なによ、うさんくさそうにして」
「信じられるわけねぇだろそんな話。常識的に考えて」
「悲しいけど、これ、現実なのよね」
 そうは言っても、納得できないものはできないのだ。
「実はドッキリなんだろ? 俺をだまそうたってそうはいかねぇぞ。カメラどこだよ」
 隠しカメラを見つけるべく室内を見回したが、それらしいものはない。簡単に見つかっては「隠し」カメラのアイデンティティーにかかわるが、それは彼が関知するところではない。
 彼女はあきれたようにため息をついた。足を組み、椅子の背にもたれる。
「信じないのは勝手だけど、私が言ったのは本当よ」
「……」
 ひょっとして、という感情が彼の中に芽生えつつあった。にわかには受け入れがたい話だが、ひょっとしたらひょっとするのかもしれない。
 彼女の瞳を見つめる。彼女もまっすぐにこちらを見て、堂々とうなずいた。
「……マジ?」
「マジ」
「……なんだそりゃあああああああ!?」
「ああもううるさい」
 こちらは混乱の渦のただなかにいるのだから、多少騒ぐくらい見逃してくれてもいいはずだ。反論しようとしたが、彼女の大きなあくびにさえぎられた。目をこするしぐさがいかにも眠そうだ。そういえば、彼が目覚めたときもあくびをしていた。
「寝てねぇのか?」
「ん、まぁね。たすけなくちゃと思って大変だったし」
 ふと、心に暗雲が満ちる。
 ――お坊ちゃんのため、なんだろ?
 自分たちと同じ人々が住むという裏地球。それが滅んでしまうというのは、なんとも後味が悪い。さぞかし捜索に熱が入ったことだろう。
 だが、彼女の真の目的はオーストリアだったはずだ。裏地球を救えば、きっと解放されるだろうと考えたのだろう。ドイツはともかく、彼女にとって、彼がたすかったのはおまけ程度の扱いに決まっている。
「お坊ちゃんが戻ってきてうれしいか?」
「当たり前じゃない」
 明白なことをなぜ訊(き)くの、と彼女の顔に書いている。腹が立って、最大限に嫌味ったらしく言った。
「おまけでも助けてくれてありがとよ」
「はぁ?」
 いかにも不愉快そうに、語尾と眉がつり上がった。
「それ、どういう意味よ」
「お前が心配してたのはお坊ちゃんだけなんだろ」
 息を詰める音が響いた。
 ――図星だろ。ヒーローのメッキがはげてるぜ。
 内心で薄暗くほくそ笑んでいられたのは、ほんの数秒だった。フルスイングで振られたフライパンが、彼をベッドに沈めて、それどころではなくなる。
「……馬鹿にしないで」
 衝撃で激しく痛む頭では、うなり声のようだ。
「確かにあなたは馬鹿で俺様でウザくて独りよがりでナルシストだけど、目の前でさらわれて心配しないほどあなたがっ、」
 つっかえるように言葉が途切れた。プロイセンを見つめて、ハンガリーは手のひらに顔をうずめる。ひくひくと肩がふるえはじめた。泣いているらしい。
「……心配しないほど、あなたが嫌いなわけじゃない」
「え」
「オーストリアさんが戻ってきたことも、あなたが戻ってきたことも、私は同じくらいうれしかった」
 その言葉はあまりにも予想外すぎた。
 うろたえながら肩に手を乗せると、駄々(だだ)をこねるように首を振る。
「さわらないで」
「……」
「わからず屋。馬鹿。たすけるんじゃなかった」
「……悪かったよ」
 細心の注意を払いながら髪をすくと、肩のふるえが小さくなる。大きな深呼吸の音。
「クリスマス、楽しみだったの。せっかくの聖夜なんだから、みんなと祝いたいじゃない。なのに」
「大事件が起きて大変だったな」
「違うわ。あなたに拒絶されて……ショックだった」
 ――結局そこに戻るのかよ。
 舌打ちしたい気分だ。女は泣き落としという姑息な手段を使ってくるから困る。自分のことを男だと思いこんでいた女がそうするのだから、余計、計算ずくでやっているように見える。
「小ドイツ主義がどうしても大事なの?」
「当然だろ」
「……馬鹿!」
 細い身体が腕の中に飛びこんだ。胸に顔を押しつけられて、ついどぎまぎしてしまう。彼女がいつもつけている香水が鼻をくすぐって、全身がむずむずする。
「昔は昔、今は今じゃない」
「ハンガリー」
「今は昔とは違うわ」
 彼女は猫がするようなしぐさで頬を胸板にすり寄せた。
「私はあなたを受け入れる。だからあなたも、同じように受け入れてほしいの」
 一回り小さな手が手のひらに重なった。細い指が彼の指の間に大胆に忍びこむ。もう片方の手はシャツのボタンの上をなぞる。
 息が苦しい。全身が熱い。彼女の手を軽く握れば同じくらいの強さで返してくる。
「私はあなたが大切なの。だから、一緒にお祝いしてよ」
「……しょうがねぇな。今年だけは助けてくれたことに免じて大ドイツ主義になってやるよ」
 偉ぶったことを言うだけで精一杯だった。大好物の前で「待て」をさせられている犬のように、生唾を飲みこむ。亜麻色の髪をかき分けて薄紅色の耳を見つけた。
「本当?」
「ああ。だから、……いいだろ?」
 声がのどに張りつく。襟と素肌の間を指でたどると、敏感なくらいに身体が跳ねた。彼女の服の一番上のボタンを指先で転がす。
「わかった」
 ボタンを一つ外した瞬間、フライパンで殴られた。
「さて、これで反対する人はいなくなったし、今年はみんなでお祝いね!」
「てめぇ! ダマしたな!」
 痛みと絶望で涙目になりながら彼女をにらむと、あかんべをされた。
「嘘を嘘と見抜けるようになりなさいよ」
「どこから嘘だよ!? 裏地球あたりからか!?」
「それは本当」
「じゃあ『戻ってきてうれしかった』あたりからか!?」
 一縷(いちる)の希望を託して問いかけると、彼女は言葉を詰まらせる。しかし、すぐに不敵な表情になった。
「それくらい自分で考えたらどう?」
 ――今日は四月一日(エイプリルフール)じゃねぇよ!
「ちっくしょおおおお! やっぱりさっきのなしだ!」
「見苦しいわね。そんなにこだわるなら、ホームアローンで祝えば?」
 ぎくりとする。確かに、彼が小ドイツ主義を唱えたところで、そのメンバーに含まれるドイツやイタリア兄弟は賛同しないだろう。それでも強硬に主張するなら、のけ者にされるのは彼の方である。
「シングルベルをお望みかしら?」
「……」
 敗北である。がっくりうなだれた彼をあざ笑うように、ハンガリーはまたあくびをした。
「眠い……」
「あーそうかよ今度はダマされねぇぞ」
「ねぇ、ちょっとベッドの端寄って」
「は? なんでだよ」
 そう言いながらも、つい従ってしまう。三分の一ほど空いたスペースにいきなり彼女がもぐりこんだ。
「おっ、お前!」
「ちょっと仮眠するくらいいいじゃない」
「客室のベッド使えよ」
「移動するのめんどい」
「……」
 さっきの艶めいた気持ちがよみがえってきて、彼女を閉じこめるようにベッドに腕をついた。少し重心をずらしただけで、スプリングが音を立てる。
「襲うぞ」
 彼女は片目だけをひらいて彼を見た。
「死にたい?」
「……はいはい」
 あきれまじりにため息をつく。脅してはみたものの、無体な行為に及ぶ気はない。「もっと寄って」と身体を押され、もはや抵抗はあきらめて余地を作った。
「狭い」
「シングルベッドだからな。文句言うな」
 何度か寝返りを打ち、ちょうどいい体勢になったのだろう。彼女は大きく息をついた。
「本当、毎年クリスマスには色々あるわね」
 頭をよぎったのは、三年前のクリスマスである。
 オーストリアをちまつりに上げようとしたが、あと少しというところでハンガリーに阻止された。剥(む)く側から一転、半裸に剥かれて制裁を加えられたときの恐怖は忘れない。自業自得だが。……そういえばあのときは一人のクリスマスがつらくて泣いていたのだった。
 去年は一人クリスマスは脱した。小鳥さんたちと楽しく過ごした。……あとから考えると実質的には一人と一羽で激しく落ちこんだが。
「例年、ロクなクリスマスじゃなかったでしょ?」
「……」
 図星なのでつい唇をとがらせてしまう。すると、彼女は勝ち誇ったように笑った。
「それに比べたら、みんなと過ごせる今年は幸せだと思わない?」
 ――その手できたか。
 どこまでも外堀を埋めるのを忘れない彼女には感服するというかなんというか。
 ……くやしいのは、それが真実だからだ。
「別に」
「依怙地(いこじ)なんだから」
「時代に流されねぇ俺様カッコよすぎるぜー」
 ひたいに軽いチョップをお見舞いされた。お返しにでこピンを食らわせる。もちろん力加減はした。
「いーだ」
「いーだいーだ」
「そんなことよりさっさと寝ろ」
「いー……わかってるわよ」
 生意気に鼻を鳴らしてから彼女は目を閉じた。
 かと思えば、また目をあける。
「どうした?」
「先に言っとく」
 息を吸いこむ音が小さく響く。
「メリークリスマス」
「……メリークリスマス」
「それだけ。おやすみ」
 ほんの数分後には寝息を立てはじめていた。ゆるんだ眉間をつついてみたがまったく反応しない。これは嘘ではないようだ。
 嘘ではあっても「大切だ」と言ってくれた女が自分のベッドの中で無防備に寝ている。下心をこめてふれた肌の感触は、まだ指先に残っているのに。
 こんな状況で寝られる方がおかしい。なのでベッドを抜け出した。首や腕を回していると部屋のドアがノックされた。あけてみるとドイツだった。
「起きていたのか」
「ああ」
 ドイツは小さくうなずく。すぐにベッドのハンガリーに目を留めた。質問される前に先手を打って答えてやる。
「眠いって言うから寝かせてやってる」
「そうか。……事情は聞いたか?」
「おう。大変だったみたいだな」
 肩を軽く叩く。ほっとしたように表情をゆるめたのを見て、なんとなくこそばゆくなる。
「無事でよかった」
「俺様頑丈だからな」
 ケセセ、といつものように笑ったのに、弟は眉の間を突っぱらせた。それは涙をこらえようとするときの癖だ。もちろん、滅多に見れない。
「本当に、無事で……俺は、兄さんやオーストリアが戻ってこなかったらどうしようかと……」
「ヴェスト」
 自分よりも高い位置にある頭を、わざとらしいくらいぐしゃぐしゃとなで回す。
「なんか食いてぇ」
 あきれたような苦笑するような表情になったのを確認して、もう一度笑って見せた。つられるように、ドイツも笑った。
「とりあえず、リビングに向かおう」
「おう」
 ベッドのハンガリーにちらりと目をやる。たぶん、ドイツと同じように彼女も飲まず食わずなのだろう。起こした方がいいだろうか。
「兄さん?」
「ん? あ、行く」
 ――ま、今日は寝かせといてやるよ。
 いつもより静かに部屋のドアを閉めた。

 リビングでコーヒーをすすったりシュトレンの予備をつまんだりしているうちに、だんだん思考の方向が事件や自分のことから周囲のことへとシフトしてきた。リラックスしてきた証拠だろう。
「そういやお前、ちゃんと休んだのか?」
「多少は」
 こう言っているが、彼らは毎日生活を共にする兄弟なのだから、実情は容易に想像がつく。
「どうせ数十分ソファーで横になったとかなんだろ。しかもずっとあれこれ考えながら」
「……」
 返事がないのは肯定である。それに目の下には隈ができている。大変わかりやすくてよろしい。クソ真面目で嘘がつけない性格も、こういうときは扱いやすい。
「寝てこい」
「まだやることがある」
「なにをやってないんだ?」
「飾りつけと七面鳥の焼き直しと、あとそれから」
 元から準備の途中だったのに、時間が経ってしまったためにやり直さなければならないものが多いようだ。シュトレンの塊をコーヒーで流し、大きく息をついた。
「俺やお坊ちゃんやイタリアちゃんたちでやっとく」
「いや、しかし」
「大砲とかを使った豪華な飾りつけにしてやるぜー」
「クリスマスに物騒なものを持ち出すな!」
 つくづく冗談が通じない男だ。さすがに大砲を飾るわけがない。この家にはないのだから。
「兄さんもオーストリアもさらわれたばかりだろう」
「だからこそじゃねぇか。心配かけた分は返すぜ」
「……」
「クリスマス、やり直すぞ」
 ドイツの目じりがかすかに下がった。
「……ああ」
「決まりだ。オラ、さっさと部屋行って寝てこい」
 いかつい肩を押す。ドイツはためらいながらも立ち上がった。どこか安心しているように見えるのは気のせいではない、はずだ。
「いいか、本当にちゃんと休めよ。寝たふりとかちょっと寝て戻ってくるとかやったら罰金な!」
「兄さんたちもキッチンは綺麗に使ってくれ。油がはねたら綺麗にふき取ってこぼした水はすぐに拭くこと。それから材料は冷蔵庫の」
「任せろ!」
「……頼んだぞ」
 部屋に戻っていく背中を見送って、リビングで大きく伸びをする。
「ま、シュトレン切る係よりもやりがいありそうだしな」
 指の関節をばきばきと鳴らして、不敵に笑う。
「よっしゃあ、最高のクリスマスに――」
「一人でなにを騒いでいるのですか」
 盛り上がってきた出鼻をいきなりくじかれた。この上品ぶった口調と声といえば一人しかいない。
「なんだよ、戻ってきたのかよ」
「ええ。この家から私の家まではすぐですから」
「一人だと迷うくせによ……」
「俺と兄ちゃんもいたから大丈夫だよー」
 オーストリアの後ろからひょこんと登場したのはイタリアとロマーノだ。二人とも両手に紙袋を抱えている。
「あれ、ドイツとハンガリーさんは?」
「寝てる。だから準備は俺たちでやるぞ」
「そうなんだ。俺も『休んだほうがいいよ』って二人に言ったんだけどね」
 「大丈夫」って言われちゃった、とイタリアは苦笑した。あの二人はわりと頑固なところがある。
「貴方の説得だから聞き入れたのかもしれませんね」
 オーストリアが思案しながら言った。どういう意味なのか聞く前に、ロマーノが紙袋をテーブルに置きながら言った。
「それで、なにをすればいいんだよ?」


*


「ハンガリー」
「んん……」
「起きろって」
「なによ……」
 眠い目をこすって起きたハンガリーが見たのは、円錐形のパーティーハットをかぶった鼻メガネだった。
「……なにやってんの」
「ちょっとはビビれよ」
「わー驚いたーそのアホな鼻メガネがお似合いでー」
「この高尚な俺様のセンスがわからねぇなんて、これだから騎馬民族は」
 プロイセンがわざとらしく売ってくるケンカを買い取る気にはなれず、無視してベッドを出た。どれぐらい寝ていたのかはわからないが、身体から疲れがすっきり消えているので、かなり熟睡していたのだろう。
「さてと、ゆっくり休めたし、バリバリ準備するわよ!」
「必要ねぇって」
「え、なんで?」
「もう準備は全部終わった。んで、これからパーティーがはじまるんだよ」
「えっ」
 あわてて時計を確認する。短針は彼女が寝たときとさほど変わらない位置にあった。しかし、窓からは月光が差しこんでいる。
「なんで起こさなかったのよ! 私一人だけ爆睡して準備サボって、みんなに合わせる顔がないじゃない!」
「ヴェストも準備してねぇぞ」
「え? ……もしかして」
 ゆうべの騒動で疲れていた彼女とドイツに気遣ってくれたのだろうか。自己中心的で俺様な彼にもこういった意外な一面が――
「準備引き受けた俺様の栄誉を褒めろ! 崇(あが)めろ! 奉(たてまつ)れー!」
「……ばーか」
 偽悪を装う姿がわかりやすくて滑稽だ。笑いをこらえていると赤い布を目の前に突き出された。
「準備は俺がやったんだから、言うこと聞けよな!」
「ちょっとくらいならいいけど……なにこれ」
「着替えたらリビングに来いよ! でないと小ドイツ主義でやるからな!」
 説明せずに逃げるように出て行った様子から、渡されたものの大体の想像はついた。ベッドの上で広げてみると、案の定、布面積がかなり節約されている――要はセクシー系のサンタドレスだった。一体どこでこんなものを仕入れてきたのか知りたい。後学のために。
 これを着た姿をパーティーのメンバーの前にさらすかどうかは別として、着たことがないタイプの服であるサンタドレスに興味がないわけではないのだ。知的好奇心と羞恥心の板ばさみになり、ため息をついた。
 ――クリスマスしか着ない服だし。
 ――私がこれを着て盛り上がるなら。
 ――恥ずかしくなったら着替えればいいのよ。
 ――準備をサボっちゃってプロイセンに借りがあるのは本当だし。
 だんだん着る方へとかたむいてく。プロイセンの思い通りになるのは癪(しゃく)に障るが、意地をはってもしょうがない。意味もなく部屋を見回してから、シャツのボタンに手をかけた。
 そしてサンタドレスにそでを通してみた、のだが。
「……なんでサイズぴったりなのよ」
 驚くほど身体にフィットしているのだ。どうやって彼女のサイズを測ったのか知りたい。後学のために。
 あきれたり感心したりしながら鏡の中の自分をためつすがめつしていると、ノックもなくドアがあいた。ぎょっとして思わず胸元を隠す。現れたプロイセンもサンタクロースの衣装を着ていた。
「似合うじゃねぇか」
 褒められてもあまりうれしくない。
「さっさと来いよ。お前が来ねぇとはじまんねぇだろ」
「あっ、ちょっ」
 腕をつかまれて引っぱられる。胸元の布をできる限り引き上げた。
 リビングは遠目に見ると赤かった。近づくと、参加者全員がサンタクロースの衣装を着ていることがわかる。楽しそうなイタリア、涼しい顔をしているオーストリア、やや照れている様子のロマーノ、まんざらでもなさそうなドイツ。それぞれの態度がその人らしくておもしろい。
「ハンガリーさんの服可愛いね!」
「綺麗だぞ」
「ありがとう」
 イタリア兄弟やドイツの反応は予想通りだった。
 しかし、彼女の懸念事項はオーストリアだ。大っぴらに肌をさらして、下品だと思われないだろうか。おそるおそる視線を送る。
「あの、この格好……」
 短いスカートを下に伸ばそうとしたのだが、そうすると胸元が露出してしまう。もじもじしながら反応を待つ。
「いいと思いますよ」
「本当ですか? ちょっと見えすぎじゃないですか?」
「クリスマスなんだし、細けぇこたぁいいんだよ!」
 いきなりプロイセンが割りこんだ。鼻メガネをつけたままで。
「そんなことより乾杯しよーぜ!」
 二人にグラスを持たせ、シャンパンを並々と注ぐ。次はイタリアたちのところに向かっていく。ずいぶん楽しそうな姿をながめて、なんとなくオーストリアの方を向くと目が合った。
 彼は「仕方ないですね」と言うように苦笑した。つられて笑ってしまう。
 グラスを持った六人で円を作る。「なんか言えよ」とプロイセンにひじでつつかれたドイツが、咳払いをして一歩進み出た。
「大事件が起きたが、今、こうしてお前たちとこうしていられることを幸せに思う。改めて考えてみると、日常というものは――」
「というわけで乾杯するぞ!」
「おい、まだ途中だ!」
「長いんだよ! 簡単でいいじゃねぇか」
「だったらなぜ俺にあいさつさせようとしたんだ……」
「雰囲気作り」
 ドイツが脱力した。大きくため息をついたところを、イタリアに慰められている。その二人の間にロマーノとプロイセンが割って入ろうとする。
 せめて乾杯だけは収集がつかなくなる前にやりたいので、ハンガリーは声を張り上げた。
「それじゃあ、聖なる夜と集まった仲間たちに!」
「Zum Wohl!」「Egeszsegedre!」「Salute!」
 それぞれの言葉で聖なる夜を寿(ことほ)いで掲げたグラスが、シャンデリアのようにきらめいた。


 途中までは非の打ちどころがないクリスマスパーティーだったのだ。途中までは。
「そういやお前、脱いだんだって?」
 ほろ酔いのプロイセンがそんなことを言ってハンガリーに絡んでくるまでは。
「どういうことです」
 詳しい事情を聞かされていないオーストリアが険しい表情になる。その反応を狙っていたかのようにプロイセンはにやにやした。ものすごく嫌な予感がする。
「知らねぇのかよ坊ちゃん。こいつはなぁ、屋外で、しかも男二人のそばで脱いだんだよ!」
「変な言い方しないで!」
 とりあえずフライパンでプロイセンをぶん殴って、オーストリアを見つめた。
「違うんです! これは別に青空ストリップショーとかそんなんじゃなくて」
「わかっています。事情があるのでしょう?」
 オーストリアは微笑した。よかった、とほっとしたのもつかの間。
「私も代金代わりに脱いだことがありますし」
「ちちち違いますー! そんなんじゃないんですー!」
 思いきり誤解されている。
「お願い、ドイツからも言ってちょうだい。やらしいものじゃないって」
 同じソリに乗っていたドイツに助けを求める。彼の口から言ってもらえばオーストリアも納得するはずだ。
「あー、それは……」
 なぜかドイツは恥ずかしそうに目元を染めた。女性と付き合ったことのない彼にとっては刺激が強かったのかもしれない。アイスランドに言ってもらうことも考えたが、わざわざ手間をかけさせるのは申しわけない。
 どうしようかとおろおろしていると、いつの間にか復活していたプロイセンが自慢げに言った。
「そんなことしなくても、俺はこいつの身体に印なんてないって知ってたけどな!」
 自分が男だと思いこんでいたとき、プロイセンと何度か水浴びをしたことがある。そのとき見たから知っているのだろう。
 ……しかし、そんな細かい事情は彼女たちの間だけでしか通じない。なにも知らないオーストリアやドイツたちは誤解するに決まっている。実際、ドイツは彼女と目が合うと気まずそうに目を泳がせた。
「……人生最高の夜にしてあげるわ」
「は?」
「天国への手土産は持ったかしら?」
「おいなんだそのフライパン」
「天国急行の切符よ」


 サンタクロースの服が赤いのは、返り血を浴びたからだということはあまり知られていない。
 なぜなら、これは嘘だからである。


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11/05/04 初出(「12月のメランコリー」に掲載)
12/12/25 改稿再録