Let's party night!



「私と踊ってくださいますか」
 ごく自然な口調と動作で差し出された手のひら。そこからたどって見つめたオーストリアさんの表情は緊張も気負いもない。「空が青い」みたいな当然のことを言ったあとのように、淡々としていた。
 世界W学園の生徒会が催した年越しパーティーは、十二月三十一日の日没からはじまった。飲食に励むもよし、靴を履き潰すまで踊るもよし、ビリヤードなどに興じるもよし。新年の朝日が会場に差し込むまで、ひたすらどんちゃん騒ぎが続く。
 私は、ドレスとかメイクとかで時間を取られてしまって会場に着くのが遅れた。でもまだまだパーティーは盛り上がっていく最中で、ほっとしていたら、こうしてオーストリアさんに声をかけられた。
「……」
 すぐには答えなかった私に、彼はいぶかしげな顔をする。
「どうしました? 他に約束でも?」
「いえ、約束ではないんです。私から誘いたい人がいて」
「おや。それは失礼しました。では、その方のあとに」
 立ち去ろうとするオーストリアさんの前にまわりこむ。それから、手を差し出して。
「私と踊っていただけますか」
 紫の目が見開かれて、それから笑みで細くなった。

*

 私を見るなり、お兄様は黙ってしまいました。
 どうしましょう。やっぱりこのドレスでは下品だったのでしょうか。色合いやラインがとても素敵で気に入っているのですが、少々肌の露出が多いのです。
 上からショールなどをはおって来るべきでした。悔やんでも遅く、いたたまれない気持ちで目を伏せました。
「私、着替えてきます」
「なぜだ」
「……こういう格好は私には似合わないでしょう?」
 気落ちしながら言うと、お兄様は困ったような顔をしました。
「確かにいつものリヒテンからは考えられぬ姿ではあるが……似合わないということはないのである。その……綺麗、だ」
「ありがとうございます!」
 お兄様に褒めていただけるなんて。本当にうれしくて、さっきまでの沈んだ気分など吹き飛んでしまいました。
「だが、肩を出すと寒くはないか」
「少しだけ」
「では、我輩のジャケットを着ているといい」
 手渡された上着からはお兄様の匂いがして、暑くもないのに、頬がほてってしまいました。

*

 兄さんを会場で見失ってしまった。
 本当はパーティーなんかに興味はない。だが、兄さんが参加すると言うならば話は別だ。パーティーの盛り上がった妖しい雰囲気の中で、もしかしたらムラムラすることがあるかもしれない。というわけで、私は今、布地が節約されているドレスを着ている。
 これで兄さんを釣って、あわよくば既成事実を……! と意気ごんでいたのだが、釣り上げたのは雑魚ですらなかった。
「ベラルーシちゃん、素敵なドレスだね!」
 またお前か、リトアニア。
「みんなベラルーシちゃんの美脚に釘付けだよ!」
「そんなことより兄さんどこだ」
「わ、ベラルーシちゃんって肩甲骨綺麗だね!」
「うるさいつきまとうな」
「俺、実はベラルーシちゃんフェチなんだけど、ベラルーシちゃんは全部理想そのものだよ!」
「私と兄さんの愛の邪魔をするな短小野郎!」
 なんでこんなのに付きまとわれなくちゃならないんだ。腹が立ったので奴の関節を手当たり次第に外しておいた。
「いきなりハグなんて、ベラルーシちゃん大胆!」
 だめだこいつ、早く抹殺しないと。

*

「なぁ、お兄ちゃん」
「なんや」
「なんでさっきからうちのあとついてくるん?」
「お前の気のせいやざ」
「絶対うちの気のせいやない! もう、着いて来んといて! お兄ちゃんがにらみつけとるせいで、みんなとお話できへんやん!」
「ほんならはよ帰りね」
「嫌や! まだ踊っとらんし、おいしそうなもん食べたいし、あとは寝落ちするまで遊ぶんや!」
「全部俺としねま」
「もーっ!」

*

 壁にもたれて、はー、と長くため息。
 ようやくパーティー当日まで漕ぎ着いたな、というのが、イギリスの偽らざる本心だ。長かった。ひたすら長かった。段取りやら打ち合わせやら根回しやら手配やら、とにかく激務だった。生徒会室に泊まりこんだのは一度や二度ではない。
 当日の細かいあれこれは他の者に任せてある。今日は思う存分楽しむつもりだ。というかその権利は充分あると思う。ないとほざく奴は体育館裏に来い。
「なにしてんですかイギリスさん」
 セーシェルが目の前を一度横切って、また戻ってきた。手に持った皿には料理が山盛りになっている。彼女も今回のパーティーのためにあれこれとやっていたのだが、まったく堪えていないらしい。
「食べないんですか? こんなにおいしいのに。損ですよ」
「……わかってるよ。おい、それくれ」
 通りがかったウェイターを呼び止め、トレイに載っていたグラスをもらう。セーシェルにも一つ取らせた。
「今年と、来年に。乾杯」
「へ?」
「『乾杯』っつってグラスかざせ。おら、もう一度やるぞ。……乾杯」
「か、乾杯!」
 そのままグラスの中身を一息で飲み干した。ひかえめに口をつけた彼女は咳きこんだ。ウェイターに訊ねる。
「な、なんですかこれ」
「ジンです」
「え、お酒?」
「はい」
「ちょっ、お酒はまずいですって! イギリスさんにお酒飲ませたら……!」
「……セーシェルぅ」
「うわあああこの人酔った! 一杯飲んだだけなのに酔いやがりましたよ! ちょっ、なにする気ですか、……ぴぎゃあああああ!」


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10/12/31 初出
12/12/25 改稿再録