紅茶はいかが



「セーシェルさん、お誕生日おめでとう!」
 ぱぱーん。
 音が弾けて、カラフルなテープが私の髪や肩に乗った。呆然としてしまって、反応が遅れる。ハンガリーさんが心配そうに顔をのぞきこんだ。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないですけど」
「びっくりさせすぎちゃった?」
 そんなことはない。この学園やその生徒たちに比べれば、大したことじゃなく思える。
「それ、初めて見たので」
 彼女が手にしている三角錘型のものを指差す。ヒモを引っぱったら、さっきのすごい音がした。
「ああ、これはクラッカーよ。音がして紙が出るだけで、武器とかじゃないから、安心して」
「すごーい」
 ちょっと焦げ臭いけど、迫力は抜群だった。あの気に食わない眉毛野郎に使ってみたい。そう思っていると、「人に向けて使っちゃだめよ」と言われた。なんで分かったんだろう。
「はい、これ。誕生日プレゼント」
 ハンガリーさんは包装紙に包まれた箱を出した。平べったい形をしている。
「いいんですか? ありがとうございます」
「開けてみて」
 それじゃ、お言葉に甘えて、さっそく。
「わあ!」
 出てきたのは色んな色のリボンだった。色だけじゃなくて、模様とかレースとかもいっぱい種類がある。とっても綺麗でうっとりする。
「セーシェルさんに似合うかな、って。オーストリアさんと選んだの」
 ああ、あの話の長い眼鏡さん。でも二人ともセンスいいなあ。
「結ぼうか?」
「お願いします」
 リボンだけじゃなくて髪もセットしてくれることになった。人に髪をいじられるのって楽しい。それに久しぶり。フランスさんがたまに気が向くとやってくれるけど。
 櫛が髪を抜けていく感覚が気持ちいい。指の動きはやさしい。ちっちゃいころにおじいちゃんがやってくれてたみたい。
「はい、できた!」
 鏡で見てみる。髪を頭の横でツインにして、さらに三つ編みにしている。それをまとめるリボンは、白い生地にレースと刺繍がついてるやつだ。もらった中で一番気に入っている。
「ありがとうございます」
 こんな髪型の私は見慣れなくて、なんだかくすぐったい。自分が自分じゃないみたい。
「すごく似合ってる」
「そうですか?」
 そう言っても、鏡の中の私はあからさまに喜んでいた。


 クラスでも色々祝ってもらえて、気分は上々だった。ちょうど通りがかったから、漫研の部室(という名の倉庫)に顔を出してみる。
「こんにちは」
「あっ、せーちゃん。チャオ〜!」
「ようこそ」
「……」
 イタリアさんは楽しげに手を振って、日本さんは微笑、ドイツさんは本からちらっと目をあげてまた戻した。二人がいても、ある一人から発される威圧感は濃い。
「あれ、今日はいつもと髪型違うね。そういうのも、とっても可愛いよ」
「ハンガリーさんがやってくれたんです。誕生日なので」
 イタリアさんは大きく目を見開いた。
「そうだったの!?」
「はい」
 うなずくと、横から一本出ているくせ毛がしおれた。どうしたんだろう。
「ヴェー、お祝いしたかったよー」
「気にしないでください」
 そう言ったけど、やっぱりうなだれている。
「お誕生日、おめでとうございます」
「……おめでとう」
「ありがとうございます」
 日本さんとドイツさんは、イタリアさんをよそにお祝いを言ってくれた。それだけでも嬉しいのにな、と思っていると、がばりと顔をあげた。
「ね、今日は何時まで学校にいるの?」
「えーっと、このあと生徒会室で仕事があるんで、最終下校まで残ってると思いますよ」
「そっか、分かった」
 やけにキラキラした顔で返事が返ってきた。なにがあったんだろう。
 時計を見るともう行かなくちゃいけなかったから、三人に別れを告げて生徒会室に向かう。
「Bon anniversaire! セーシェル」
 机には眉毛野郎が、ソファーにはフランスさんが座っている。フランスさんは私の顔を見ると、立ち上がって赤いものを渡した。綺麗な深紅のバラだ。
 正直に言えば、少しだけドキッとした。花を贈られれば、相手がものすごい変態でも嬉しいとは思う。そう、フランスさんがくれたものであっても、花に罪はない。
「早いなあ、あんなにちっちゃくて俺のあとをついて回ってたセーシェルが誕生日なんて」
「その言い方、オッサンくさいぞ」
 気が進まないけれど、それは眉毛に同意する。まるでおじいちゃんみたいなセリフだ。
「うるせえ。さ、あんなやつほっといて、お兄さんと、もっと大人の階段登ろうか」
 抱きつこうとしてくる腕をかわした。どうしてこの人は花をプレゼントだけで終わらないのかな。それで済まないからこの人はフランスさんで変態なんだけど。
「セーシェル〜」
 ハアハアしながらにじり寄ってくる。やっぱりこの人、私の身体目当てで学園に呼んだんだわ!
「この変態がぁっ!」
 右ストレートでヒゲの生えたアゴを捕らえた。そのとき、生徒会室のドアがノックされて誰かが入ってくる。
「せーちゃんいる〜?」
 漫研の三人だった。それぞれ、手になにか持っている。
「なんの用だ。漫研のことならお断りだぞ」
 変態眉毛は刺々しい声を出した。一人ぼっちだと拗ねるくせに、外当たりはとことん悪い。だから一人なのよ。それでいて憂さばらしはこっちにくるんだから、たまったものじゃない。
「すぐに済みます。お邪魔してすみません」
 日本さんはきっちりと謝った。その間に、イタリアさんは持ち手のついた小箱を私に差し出す。
「これ、俺から」
「ありがとうございます」
 わざわざ買ってきたのかな。ありがたいけど、照れくさい。
「俺からは、これを」
 ドイツさんは手のひらくらいの紙袋を出した。イタリアさんはともかく、この人からもらえるなんて思わなかったからびっくり。だけど威圧感はどうにかして!
「私からはこれを」
 最後に日本さんは包装紙に包まれた封筒みたいなものをくれた。なんだか、渡すのが惜しい、みたいな顔をしてる。
「今はこれくらいしか用意できなかったけど、明日はもっとすごいの持ってくるね」
「これだけで十分ですよ」
「じゃ、また明日ね」
 人の話を聞かずに、三人は手を振って出ていった。もらったものを机の上に置いて、開けてみる。
 イタリアさんがくれたのは、見てるだけで口の中が甘くなりそうなケーキ。ドイツさんのはペンとか消しゴムとかの筆記具。日本さんは図書カード。
「お、モテモテだなセーシェル」
 いつの間にか復活していたフランスさんが隣でのぞきこむ。くそう、急所からそれたか。
「これも俺の愛の国の教育のたまものだな」
「やめてくださいセクハラです訴えますよ」
 握りこぶしを作って、ちらりとかざす。訴えるのはもちろん暴力にだ。
「さ、さて、じゃあ俺はもう帰るかな」
「お前、なんのために来たんだよ」
「そりゃもちろん、セーシェルの誕生日を祝うために決まってんだろ?」
 フランスさんは私のひたいにキスをした。「髪、素敵だな」とささやいて、本当に言葉どおりいなくなった。あの人なんで副生徒会長なんてやってるんだろう。
 生徒会室内には私と眉毛イギリスが残された。今のところ仕事もないみたいだし、とりあえずクリームが溶けないうちにケーキを食べようかな。フォークはどこにあるんだっけ。
「なあ」
「なんですか」
 イギリスは気まずそうにこっちを見ている。
「今日、お前、誕生日だったんだな」
「そうですよ。それが?」
「……悪い、なんにも準備してない」
「そうですか」
 別にそんなのどうだっていいのに。期待してなかったし。そう言うと涙目になるだろうから言わないけど。
「……一つだけなら、頼みを聞いてやらないこともないぞ」
「え」
 すごく意外な言葉が聞こえて、顔を向ける。フランスさんからもらったバラみたいに真っ赤になっていた。
「か、勘違いするなよ! 別にお前のためじゃなくて、英国紳士として、植民地の誕生日を祝ってやるのは当然のことだからなんだからな!」
 あーそーですか。
 眉毛全部抜かせろ、とか、この首輪外せ、とか色々浮かぶ。だけど、ケーキが目についた。
「じゃあ、紅茶淹れてください。すごくおいしいの」
 いつも私がやってばかりだから、たまにはサボりたい。お湯は六十度とか、三分蒸らせとか、かったるいったらありゃしないのだ。ねちこく指示するくらいだから、さぞかし結構なお手前をお持ちなんだろう。
「それでいいのか?」
「いいです。ちょうどケーキ食べたかったし」
 フォークを探して、皿にケーキを移して、ついでにバラを花瓶に生けた。ブーケの中から小さな箱が出てきて、開けたらブレスレットがあった。
 こういうカッコいいことができるのに、なんであの人は変態なんだろう。学園の七不思議に入れるべきだ。
「出来たぞ」
 ソーサーに乗ったティーカップが目の前に置かれる。イギリス野郎は机の向かい側に座った。
 ふわ、と甘い香りが満ちる。私がやるよりもずいぶん香っている。これが技術の差ってやつか。
「食べます? ケーキ」
 本当は独り占めしたいけど、うらやましそうにチラチラ見られたら食べるに食べられない。「お前がどうしてもって言うんなら」とか言う割に、やたらニコニコしている。分かりやすい。
 一口ケーキを食べて、紅茶を口に含んだ。ゆっくりと飲み干す。
「味はどうだ」
「おいしい、ですよ。不本意ながら」
「おい」
 普段あんなにスコーンだのは焦がしたり最終兵器にしたりするくせに、なんで紅茶だけはまともなんだろう。……お湯を注ぐだけだからか。なんにせよ、やっぱり本場は違うってことかな。
「誕生日、……おめでとな」
 偉そうに足を組んで、こっちを見ないで、ぶっきらぼうな口調で。腹の立つことばっかりだ。だけどそれがイギリスの野郎そのものだから、それ以上は望まない。
 今は紅茶がおいしいから、それでいいよね。
「ありがとうございます」
 紅茶を、また一口。


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塞舌爾誕生日記念
09/06/29

<補足>
・Bon anniversaire!→(仏)誕生日おめでとう