午前零時の祝福



「さん、」
 ロウソクの灯りがゆらめきながら、ソファーに座る一組の男女を照らす。女は男の肩に頭を預け、壁時計を凝視している。
「にぃ、」
 彼女はやわらかな唇で時を刻む。絡まり合う指が、改めて組み直された。
 男は彼女の細い肩を静かに抱く。
「いち、」
 息を吸う音が、響き――
「……」
 カウントダウンが途絶えると、絶対的な無が取って代わる。星のまたたきや月光の音すら聞こえるほどの。
 静寂がじわじわとふくれ、爆発する寸前で、ひそやかな声が穴を開けた。
「お誕生日、おめでとうございます」
 「ありがとうございます」と彼は低くささやく。
「また、私が一番乗りですね」
「それはそうでしょう。わざわざ前日から泊まりこんでいるんですから」
 声は呆れを含んでいたが、喜色がにじんでもいた。ふふ、と、ロウソクの炎が揺れるような軽やかさで彼女は笑う。
「ねえ、オーストリアさん」
「なんですか」
「知ってました? 私、実はすごくワガママなんです」
 男は意外そうな顔をした。安心しきった様子で身をゆだねている彼女にちらりと目をやる。
「貴方は、むしろひかえめな方だと思いますが」
「そんなことないです。だって」
 彼女はつないだ手を自分へと引き寄せた。絡まり合う彼の指に唇をふれさせる。愛しさを隠しきれないように、微笑みながら。
「貴方を一番に言祝(ことほ)ぐのは、私でなくちゃ、嫌なんです。それに」
「……」
「誰からお祝いされても、私が一番乗りだって、忘れないでいてほしいんです」
 ね、ワガママでしょう?
 そう言って彼女は口をつぐんだ。一つの場所に安定することなく揺らぐ火に目を向けて。
 蝋(ろう)が溶け、涙のように伝い落ちる。その筋がいくつもできたころ、彼は口をひらく。
「それなら、私もワガママになってしまいます」
「え?」
「私も、貴方に誰よりも先に祝ってほしいと思っているのですから」
 目をみはっていた彼女は、やがて照れくさそうにほおをかく。
「……おあいこ、ですね」
「そのようです」
 どちらからともなく、彼らは手を握りしめ合った。
「朝になったら、きっと、みんなが来ますよ」
「ええ。あまり騒がしくならなければよいのですが」
「去年はすごかったですからね」
「あれには参りました」
 降り始めの雨のように、会話は静かにまばらにつむがれてゆく。その間も火は燃え、ロウソクから形を奪う。
 その命がいくばくもないことに気づくと、男は彼女の肩をゆるやかに揺らした。
「ハンガリー、もう寝なくては。明日に差し支えますよ」
「はい」
 彼は先に立ち上がり、手を差し伸べた。その手のひらを嬉しそうにつかむと、彼女も立ち上がる。
 そしてロウソクに息を吹きかけ、闇のカーテンを下ろした。


↑普通系目次に戻る

↑小説総合目次に戻る


墺太利誕生日記念
09/10/26