サンタさん、がんばる



 サンタクロース――フィンランドにとって、十二月は修羅場のピークである。
「フィンランドさん、プレゼントのVViiの数が足りません!」
「こっちは発注ミスで在庫が百もあります!」
「トナカイがストライキを起こしました! 彼らは賃上げ、またはエサの増量を要求しています!」
「取材クルーが到着しました!」
「航空法に適合しないソリが見つかりました!」
「サンタへの手紙の一部が行方不明となっています!」
 次から次へと、非常事態の報告がやってくる。普段はのんびりとしているフィンランドも、このときは顔つきを変え、きびきびと指示を出す。
「不足分のVViiは明後日入荷される予定です! 余った在庫は支部と連絡して共有してください! トナカイさんたちの元へ折衝係を派遣! 取材の方々は応接間で待たせておいてください! ソリはスーさんかエストニアのところに持っていって、改造してもらってください! 行方不明の手紙の捜索チームをただちに組織!」
 その指示の合間にも彼の手元の電話は鳴り続け、絶え間なく手紙が運びこまれる。
 鬼神のような素早さでこなしていく彼には近寄りがたい空気があった。幾晩も泊まりこみ、寝食の時間を惜しんで働き続けているのだから無理もない。
 だが、少しでも手抜かりがあってはならない。もしプレゼントが届かない事態が起これば、子どもたちは「『いい子にしてたらプレゼントをもらえる』って言ったくせに、パパとママのウソつき!」と泣き、そこから家庭の崩壊や非行が始まる。
 近年はその手の苦情が増え、サンタクロース協会の死活問題にまでなっている。フィンランドにも、上から厳しく言い渡されていた。
「フィンランドさん」
 両方の耳に受話器を当てて同時に会話する彼に、部下の女性がしずしずと近づいていった。
「またなにかハプニングが!?」
 険しい表情と鋭い口調で問うと、女性は首を振る。
「いえ、……少し、お休みになってください」
「え……」
 彼は目をしばたいた。会話がお留守になった電話を、両脇から別の部下たちが受け取る。山のように積もっていた手紙が崩れて、デスクをおおった。
「で、でも、僕は」
「任せてくださいって」
 電話を切って、部下の男が豪快に笑った。
「俺たちを信用してくださいよ。フィンランドさんから直々に仕事を仕込まれたんですから」
「ちょっと休むくらい、いいじゃないですか。ね」
「みんな……」
 言葉をなくしたフィンランドにうなずいて見せ、部下たちは彼の分の仕事をこなしはじめた。
「ごめんね」
 小さくつぶやいて、彼は休憩室に移った。テーブルの上には黒光りするサルミアッキと、ふかふかのソファーがある。
 座ってサルミアッキをかじりながら、フィンランドはぼんやりと中空を見つめた。
「どうして僕はサンタクロースなんてやってるんだろ。儲かるわけじゃないし、ソリに乗った僕を撃墜しようとする人とか、『クリスマスなんてなくなればいい』なんて言う人もいるし、……そもそも、僕がサンタクロースをやって、なんの意味があるんだろ」
 つぶやく彼のまぶたは徐々に下がり、やがて紫の瞳は完全におおわれた。寝息が遅れて響く。

「わん!」
「ん……?」
 生あたたかいものが頬を這いずり回っている。だが、いやな感じはしない。むしろ落ち着く。この感触には覚えがある。これは、そう。
「花たまご?」
「わんわん!」
 目を開ければ、花たまごの顔が大写しになった。ふかふかの毛をなで、まだ眠い頭でのろのろと考える。
 どうしてここに花たまごがいるのだろう。家に置いてきたはずなのに。面倒をスウェーデンに任せ、て――
「えっ、もしかしてスーさん来てるの!?」
 がばりと起き上がる。部屋は真っ暗だった。日没からかなり時間が経っているようだ。どれくらい眠っていたんだろう、と血の気が引く。
「うわっ、ちょ、えええっ!」
 ソファーから立ち上がると立ちくらみがしたが、構っていられない。隣の部屋に続くドアを開けると、無人だった。……いや、違う。彼の机に男が座っている。
 がっちりした体格、度の強そうな眼鏡、堅い無表情の。
「す、すすすす、スーさん!」
 花たまごが走っていき、足にじゃれついた。わしゃわしゃと撫でてやる様子は、やはりどこからどう見てもスウェーデンだ。寝ぼけているわけではないらしい。
「あの、みんなは?」
「飯」
「そ、そうですか」
 それで、なんでここにいるんですか? そう問えずに、フィンランドは立ち尽くした。
 呆然としていると、また眠気が押し寄せてきて、あくびが漏れる。目がうるんでしょぼしょぼした。
「さすけねか」
「え、はい、大丈夫です。毎年こんな感じなので、もう慣れてますから」
「そっが」
 スウェーデンは興味深そうに室内を見回していた。壁には、おもちゃのカタログ、クリスマスまでのカウントダウン(ちなみにあと十九日)、各都市までの所要時間、今年のサンタ服の最新モードの切り抜き、そういったものがべたべたと張られている。
 気まずいような、恥ずかしいような、そんな思いだった。スウェーデンには「サンタクロース」としての顔を見せたことがない。
 秘密にしていたわけではなく、単にそういう機会がなかっただけだが。
「えーと、あの、その、なんで、ここにいるんですか……?」
 スウェーデンが花たまごから彼に目を向けた。内心でおひゃあああと叫びながら、慌てて付け足す。
「いえその別に来ちゃだめだとかそういうんじゃなくて、今まで来たことなかったのになんでかなーみたいな、それだけの意味ですからっ!」
「……忘れどるのか」
 ほんの少しだけ変わった表情は、驚きのように見えた。
「え? なにがですか?」
「今日は、おめぇの誕生日ばい」
 一瞬頭が真っ白になった。
「え? ……ああっ!」
 今日は十二月六日。そう、彼の誕生日である。
 忘れていた。完璧に忘れていた。すっかり頭から抜けていた。クリスマスの準備だけで精一杯で、自分のことは二の次三の次になっていたのだ。
「あーそっか、だからみんな休ませてくれたんだ。そっかぁ……」
 つくづくいい部下を持った。胸がじんじんする。
「これ、渡しとぐ」
 スウェーデンが差し出したのは紙袋だった。中をのぞくと、プレゼントの箱が入っている。
 カードを見ると、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、そしてスウェーデンの北欧のメンバーと、友人のエストニアからだった。
「これも」
 それは手紙の束だった。イタリア、ドイツ、日本、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、……他にも、過去にクリスマスプレゼントを贈った国の名がある。
 封を切ってざっと中身を見てみると、「嬉しい」「ありがとう」「今年も楽しみ」と書き綴られている。眺めながら、鼻がつんとした。
「……忘れてました」
 今、ようやく思い出した。こんなに苦労してボロボロになって、それでもサンタクロースの仕事を投げ出さなかった理由を。
 好きなのだ、誰かが喜んでくれるということが。いつだって胸がサウナのようにあたたかくなって、どんな寒空の下でも平気でいられた。
 贈られる側よりも、贈る自分が最大の幸福を味わっていた。だから、……だから。
「ありがとうございます、スーさん」
 もう大丈夫だ。二度と忘れない。どんなにつらくても、いつかは存在を否定されるとしても、それでも、これからもサンタクロースを続けていく。
 子どもたちに夢をプレゼントするのが、彼のもっとも大事な仕事だ。
「今までにもらった、最高のプレゼントです」
「……そっが」
 一件落着、というように、花たまごが吠えた。


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芬蘭誕生日記念
09/12/06