Have a nice day!
アメリカの期待していた反応はこうなのだ。
「『わぁ、俺の誕生日を覚えていてくれたんだね! スッゴくスッゴく嬉しいんだぞ! お礼に、最上級のスシかテンプラを食べさせてあげよう!』……とか、言ってくれないのかい」
彼なら飛び上がって喜ぶ、色とりどりのバースデーケーキにちらりと視線をやり、日本はあいまいに笑った。
友人の誕生日を祝うのは当たり前のことで、そして、祝ってもらった方が喜ぶのも当たり前のことだ。
こんなに薄い反応では、なんのためにわざわざここまでやって来たのか分からない。彼の期待が浮かばれない。
「そもそも君、なんで自分の誕生日なのにこんなに地味にしてるんだい? みんなを呼んでのパーティーは?」
「……ええっと」
「天井ギリギリのレインボーケーキは? お祝いに来るニンジャとゲイシャはっ?」
「すみません、ありません」
一蹴である。
まったく面白くない。彼は唇をとがらせ、ちゃぶ台にあごを乗せた。期待した分だけ、この落差が痛い。
だんだん腹が立ってきた。喜ばない日本にも、喜んでももらえないちんけなケーキにも、喜ばせられない自分にも、なにもかも。
「アメリカさん、持ってきてくださったケーキ、召し上がりますか?」
食べ物でごまかされるような子どもだと思ったら大違いだ。
「……食べる」
家に帰ってから、自分がしたのはケーキを食べたことだけだと気づいた。しかも本人には一口も食べさせずに、完食していた。
去年の失態から、アメリカは考えた。
雰囲気が悪いのだ。いつもと変わらない内装では、お誕生日気分が盛り上がらないのは当然である。
だから、もっとエキサイティングでワンダフルでスペクタクルな飾りつけをすれば、日本もその気になるに違いない。
そこで、カナダを誘って日本が留守の家に忍びこむことにした。
サイケデリックな柄の布を床に敷き、世界一有名なネズミ(電気ネズミではない)のイラストを壁に描き、「Happy Birthday」と書いた看板を持ち、帰りを待つ。
しばらくして日本が帰ってきた。ふすまが開いた瞬間に大声で「おめでとうなんだぞ!」と叫んで、カナダとクラッカーを鳴らした。
今度こそ喜ぶはずだ。確信して、日本を見つめた。目を見開きぴくりとも動かなかったが、やがて我に返ったようだ。
「アメリカさん」
「なんだい?」
カモン感謝感激雨霰(あられ)! 胸を張ると、いっそう誇らしい気分になった。
「片づけてください。今すぐ」
怒鳴られたわけでもないのに、身体がすくんだ。
日本の全身からにじみ出る、見えない熱波が逆らうことや言いわけを許さない。イギリスを本気で怒らせたときに似ている。
「勝手に家に入ったことは百歩、いえ、百万歩譲って見逃しますから、元通りにしてください。一人で」
一番納得がいかなかったのは、カナダには一切おとがめがなかったことだ。
こんな調子で、以降の年も失敗に終わった。パーティー会場に連れて行ったときは日本が腰痛を起こし、イギリスに協力を頼んだときはあの黒い悪魔(スコーン)の出現で誕生日どころではなくなった。
そしてとうとう去年でネタも切れ、今、アメリカは日本の家のチャイムを押せずに葛藤している。
なにをしても喜ばなかった日本だ。手ぶらで来た彼の来訪では、ますます喜ぶはずがない。
ため息をついて、頭をかく。自分はなにをしているんだろうと思った。
「……やっぱり、帰る」
挑戦もせずに逃げ出すなんて、ヒーローとして失格だ。そう自嘲したが、どうにもならないものは仕方ない。
「おや、アメリカさん。どうなさいましたか」
そこへ、タイミング悪く日本が帰ってきた。飼い犬の散歩から戻ってきたところのようだ。とことん自分がカッコ悪くなるようで、もう気分は大暴落だ。
「あー……誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます」
日本は頭を下げた。……それだけだ。感極まったような顔は見せないし、感謝の言葉をずらりと並べるわけでもない。
腹が立って、少しだけ淋しくて、アメリカは「じゃあ」とつっけんどんに言ってその場を去ろうとした。
「せっかくいらしてくださったんですし、お茶でもいかがですか。ちょうどアメリカさんが好きなドーナツもあるんです」
彼は子どもではないのに、日本は同じラインに彼を置いてはくれない。いつだって、どこか遥か高い場所からやんわりと見下ろしている。
「……食べる」
デジャヴを覚えながら答えれば、かすかに日本は笑んだ。
「よかった」
家に上がってもらったドーナツは、おいしかった。おいしいのだが、彼の気持ちは鬱々としている。日本との会話も、元々少ないものが更に減ってしまう。
黙々とドーナツを口に運ぶ彼を見ながら、日本は、自分は食べずにお茶をすすっている。ふぅ、と一息つくと、彼に目を向けた。
「私は他の皆さんより長く生きていますから、誕生日が来ても、なんとも思わないのです」
嬉しくなかった、と言われるよりもショックだった。
彼にとって、自分の誕生日はとても重要なことだ。祝ってほしいと思うし、そのお返しに、自分でも誰かの誕生日を祝いたいと思う。だからこそ今までがんばってきたのだ。
誕生日が特別な意味を持たないなど、彼の常識ではありえない。そのありようは、なんだか悲しい。
「それじゃ、俺がお祝いしたのは、みんな無駄だったのかい」
なんだか泣きそうだ。どしゃ降りの中に傘もなく放り出された子どもは、こんな気分だろうか。
すがりつくように見つめた友人は、やはり高みにいるようで、遠い。
「アメリカさんが祝ってくださる日は、他の三百六十四日よりも特別でした」
「……」
情けないことに、なにも言えなくなった。胸からあたたかい塊がぐっとこみ上げ、頭が熱くなる。
ドーナツを持ったまま、彼は泣いた。日本はあいまいな笑みを浮かべたまま、彼が泣き止むまで待っていて、その余裕が少し嬉しかった。
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日本誕生日記念
10/02/11 初出(ブログ)
10/02/15 改稿再録