空から祝福が落ちてくる



「ねえドイツ、今日がなんの日か知ってるっ?」
 会うなりいきなり質問してきた俺に、ドイツは変な顔をした。隣にいた日本はほんのちょっと目を伏せてから、「ああ」ってうなずいた。
「そういえば、今日はイタリアくんの――」
「あっ待って日本、言っちゃダメ!」
 だってドイツには自分で答えさせたいんだもん。しー、って唇に指を当てて合図。
「すみません」
「いいんだよ〜」
 頭を下げた日本に頭を振ってから、眉間にしわを寄せてるドイツの顔をのぞきこむ。全然分かってないみたい。
 すぐに分かってもらえないのは残念だったけど、悩んでるのを見てるのも面白い。だけど、できるなら早く早く!
「じゃあヒントね! 俺だけじゃなくて、兄ちゃんもなんだー」
 分かるでしょ? 分かるよね? 期待でうずうずしてじっとしてられない。
「……もしかして」
 はっと気づいたようにドイツが俺を見た。あ、分かったのかな。
「お前たちの誕生日か」
「大正解であります!」
 ドイツなら分かってくれると思ったんだ! はしゃぎながらハグをする。くっつくな、って言われながら押しのけられた。いいじゃん、誕生日くらい。
 だけど嬉しくて嬉しくてしょうがなくて、笑顔になってしまう。
「お誕生日おめでとうございます」
「Alles Gute zum Geburtstag」
 二人の家の言葉で言われると、なんだか新鮮だ。
「ありがと〜。二人の誕生日も、俺、いっぱいお祝いするねー!」
 ぎゅっぎゅって二人に軽くハグしてから(日本にはすごくびっくりされたけど)、「行かなくちゃ」って足踏みした。
「どこに行くんだ」
「他のみんなのところ」
「道中には気をつけてくださいね」
「うん」
 そのまま走り出しそうになって、気づいた。ポケットに入れてた招待状のこと。これが一番の目的だったのに。
「夜にはパーティーするんだ。来てね〜」
 宛名を確認して日本とドイツに渡してから、今度こそ出発。

「おーい!」
 ポニーをなでてるポーランドに向かって手を振る。俺に気づいて、ポーランドも手を振り返してくれた。
「イタリアー! 元気しとった?」
「うん、元気元気! ポーランドは?」
「俺もマジ元気だしー。今日もポニーと遊んでたんよー」
 「可愛くね?」って指差したポニーは本当に可愛かった。毛並みをなでると、嬉しそうに鳴く。
「いいなー、ポニー可愛いなー」
「ありがとだしー。ちびのころから育ててやってるんよー」
 二人して可愛い可愛いってやって、また忘れそうになってた本題をようやく思い出す。
「今日、俺の誕生日なんだー。それで、はい、これ、招待状」
「ありがとだしー。っていうか今日誕生日って、マジなんそれ?」
「うん、本当だよ。俺だけじゃなくて兄ちゃんもだけど」
「へー。Sto lat!」
「ありがと〜」
 まだまだ行く場所はたくさんあるから、会ったばかりだけどさよならしようとした。だけど、「ちょい待って」と引き止められる。
「な、パーティーにリトも連れてきてええ?」
「うん、いいよー」
「マジありがとだしー!」
 こつんって拳をぶつけてから、ばいばい、ってポーランドと別れた。

「Boldog születésnapot」
「Herzlichen Glückwunsch zum Geburtstag」
 オーストリアさんの家にいたのは、オーストリアさんだけじゃなくて、ハンガリーさんもだった。テーブルの上にはザッハトルテとコーヒーが並んでる。なぜか三人分。
「俺が来るの分かってたみたい」
 そうつぶやいたら、ハンガリーさんがくすくす笑った。
「当たり前よ。本当に分かってたんだもの」
「えっ」
 びっくりした。オーストリアさんが眼鏡を直しながらあきれた表情をする。
「毎年同じことをしていれば分かります」
 ヴェ〜、俺ってそんなに分かりやすいかなー?
 首をかしげて、とりあえず、二人に誕生日パーティーの招待状を渡した。「ありがとう」ってハンガリーさんは笑って、「いただきます」ってオーストリアさんはうなずく。
「それでは、ザッハトルテをいただくとしましょう。イタリア、貴方も座りなさい」
 オーストリアさんはそう言ったけど、俺は首を振る。
「ごめんね、俺、まだたくさん会う人がいるんだ」
「あらあら、人気者はツラいわね」
 せっかくおいしそうなのに。だけど、パーティーがはじまるまでに急がなくちゃいけないし。しょげてたら、オーストリアさんがやれやれって感じで息をついた。
「仕方ありません。では、これはパーティーに持って行くことにします」
「本当?」
「本当です。だから、早くお行きなさい」
「ありがとうオーストリアさん!」
 二人に見送られて、また、出発。

「我が家を無断で通るとは、何事であるか!」
 ダショーン。銃弾が目の前を走って、その場に固まる。ライフルを構えたスイスが近づいてきた。
「ごっ、ごめんね!」
「ごめんで済んだら警察はいらないのである! 今日という今日は許さん!」
 銃口が俺の頭に向けられて、本気で血の気が引いた。
「我が家を無断通行するからには、遺書は用意してあるであろう」
「しっ、してません……」
 ああ俺死ぬのかも。爺ちゃんとかにまた会えるのはいいけど、せっかく今日は誕生日だし、それにまだ童貞なのに。
 目をつぶって数秒経ったけど、銃声は聞こえない。あれ? 俺、もう死んでるの?
 おそるおそる目を開けたら、スイスに手を引っぱられた。えっ、なに?
「我が家に来るのである」
 なんかよく分かんないけど……助かったのかな。安心して半泣きになりながら後を着いていった。
「あら、イタリアさん。こんにちは」
 家の中にはリヒテンシュタインがいて、お裁縫の最中だった。
「こんなやつに構うことはないのである」
 そう言いながらスイスは俺を机に座らせて、紙とペンを差し出した。
「遺書くらいは書かせてやるのである」
「ヴェ〜……」
 助かってなかった。
 いきなり遺書を書けって言われても。なに書いたらいいのか分かんない。
「ね〜、見逃してよ〜」
「我輩が何度お前を見逃してきたと思っているのだ!」
「だけど、今日、俺の誕生日なんだよ〜」
 来るかどうか分かんないけど一応用意しておいた、二人の分の招待状を渡す。
「こ、こんなもので我輩は……」
 ぷるぷるしてるスイスに、そっとリヒテンシュタインがふれる。
「お兄様、今日くらいは許してさしあげてくださいまし。私からもお願いいたします」
「お願いだよー。もう二度と勝手に通らないからー!」
 泣きながらお願いする。スイスはそっぽを向いた。
「……我輩の目の前から失せるがよい」
「え」
「いいから出て行け!」
 セダーン。銃が火を吹いたから、慌てて立ち上がる。気が変わらない内に早く逃げよう。
「イタリア!」
「ご、ごめんなさい!」
 走ってたら怒鳴られて、反射的に謝る。
「Auguri!」
「Genieße Deinen Geburtstag」
 意外だったけど、嬉しい。ありがと、って手を振った。

 スイスんちを通ったのは、そのお隣に行きたかったからだった。
 会いたかった人は見つけたんだけど……一人じゃなくて、他にもいた。
「その髭全部引っこ抜いてやる!」
「お前こそ、その眉毛はいつになったらなくなるんだ?」
 フランス兄ちゃんは、イギリスとケンカの真っ最中だった。そんな二人を遠巻きにしてるのは、アメリカとロシアと中国。……たぶん、会議かなにかの途中だったんだろうなぁ。
 ケンカしてる二人にうかつに話しかけられて巻きこまれるのは嫌だから、俺は三人の方に近づいて行った。ハンバーガーをむしゃむしゃしてるアメリカが俺に気づいて、「ハロー!」って手を振る。
「こんなところで君に会うなんて意外だなあ!」
「俺も会うとは思わなかったよー。でもちょうどよかった」
「なんのことだい?」
 首を傾げたアメリカに、招待状を手渡す。
「今日は俺の誕生日なんだ。パーティーやるから、来てねー」
「そうだったのかい! Happy Birthday!」
「何歳になっても、欧州のやつらは我には遠く及ばないあるよ」
 中国はそう言ったけど、しっかり招待状は受け取った。
「生日快乐」
「今の時期、君んちあったかいから、行くの楽しみだなー。С днем Рождения」
「ありがとー」
 二人の分はどうしようかな。ケンカが終わるまで待ってられないし。
「これ、二人に渡してくれる?」
 ハンバーガーとシェイクで両手がふさがってるアメリカには渡せそうになかったから、中国とロシアに招待状は預けた。
「任せるある」
「それにしても二人ともいつまでやってるのかな……コルコルコルコル」
 背筋がゾクっとした。なんかもうここにいちゃいけない気がする。
「じゃ、じゃあ俺、もう行くね! チャオ!」
 つかみ合ってる二人の横を通り過ぎたら、いきなりフランス兄ちゃんが俺を呼んだ。なんだ、俺がいたこと、気づいてたんだね。
「Joyeux anniversaire」
 兄ちゃんの口から飛び出した言葉で、イギリスはちょっと頭が冷えたみたい。俺に気づいて目を丸くする。
「お前、いたのかよ」
「いたよー」
 なんでお祝い、とかぶつぶつ言ってたイギリスに、兄ちゃんがデコピンした。
「お前も言ってやれ。今日はあいつの誕生日だ」
「え。マジ?」
「うん」
 本当のことだからうなずいた。バツが悪そうな顔になってから、イギリスは少しうつむいて、怒った口調で言った。
「Wishing you every happiness on your special day」
「こういうのは満面の笑顔で言ってやるもんだろ。このアングレーズ」
「うるっせえよフレンチ野郎!」
 ヴェ〜、なんかまたケンカはじまっちゃった……。俺のせい、じゃないよね?

 残った招待状は一枚。広い広い庭にある農園で、渡したい人はトマトの収穫中だった。
「スペイン兄ちゃん!」
「イタちゃん。よぉ来たなあ」
 軍手を外してから、兄ちゃんは俺の頭をなでる。大きな手のひらはあったかくて、こうしてもらうのはとっても気持ちいい。
 あとちょっとだけ残っていた収穫を手伝ったら、お礼に冷たいお水をくれた。もう渡す人はいないから、少しはのんびりできる。
「なんかあったん?」
「うん。これを渡したくて」
 最後の招待状を渡すと、ポケットはさびしくなった。だけど、パーティーがはじまればみんなに会えるから、いいんだ。
「おおきにー。せやったなあ、今日はイタちゃんたちの誕生日やったなぁ」
「あれ、兄ちゃんから聞いてない?」
 電話するとか言ってた気がするんだけど。
「うーん、電話はあったんやけど」
「そのとき言ってなかった?」
「なんも。『今日はなんの日だこのやろー』って言うから、『よう晴れとるしトマトの収穫日和やなあ』って言ったんや。したら、『お前なんて嫌いだ! ちぎー!』って電話切られてもうた」
「そんなことあったんだ」
 兄ちゃん、素直に言えばいいのに。そう思いながら水を飲んだら、スペイン兄ちゃんが目を細めて俺のことじっと見つめてた。
「あんなにちっちゃかったのになぁ。こんなに大きゅうなって」
 照れくさかったけど、嬉しい。こそばゆくて頬をかく。
「¡Feliz cumpleaños!」
「ありがとう」

 パーティーではパスタを出すんだ、って言ったら、スペイン兄ちゃんが「じゃあこれ使うといいで」って収穫したばかりのトマトをたくさんくれた。すごくおいしくなりそう。
「ただいまー」
 家に帰ったら、兄ちゃんは飾りつけの真っ最中だった。
「遅えぞ、馬鹿弟。さっさと帰って来い」
「ごめんね。色んな人たちに招待状渡してたら、時間がかかっちゃった」
 ふん、って兄ちゃんは鼻を鳴らす。
「誰に渡して来たんだよ」
「あのねー、ドイツと、日本と、ポーランドと、オーストリアさんと、ハンガリーさんと、スイスと、リヒテンシュタインと、フランス兄ちゃんと、イギリスと、アメリカと、ロシアと、中国と、それからスペイン兄ちゃん!」
「……何人かにはそのまま帰ってもらえ」
「えーなんでー? みんなお祝いしてくれたのに」
 今日聞いた、たくさんの祝福。全部特別で、思い出すだけでうきうきする。俺だけのものにしておくのはもったいないくらい。
「ねえ、兄ちゃん」
「なんだよ」
「Buon Compleanno!」
 俺、ツイてるなあ。色んな人におめでとうって言ってもらえて、大好きな兄ちゃんにも、おめでとうって言えるんだから。
 兄ちゃんは腕を組んでよそを向いた。それから、すっごく小さな声でささやく。
「Tanti auguri」
「兄ちゃん大好きー!」
 ハグをしたら、いつもは嫌そうな顔をする兄ちゃんが、今日はかすかに笑ってくれた。
「つか、こんなことしてる場合じゃないだろ。パーティーに間に合わなくなる」
「あっ、ごめん。今やるー」
 エプロンをつけてキッチンへ。さっそく料理をはじめようとしたら、いくつかハーブが足りないことに気づいた。庭に植えてるやつだから、そこから採ってくればいいか。
 外は快晴で、嬉しくなった。なんだか、神様も俺たちのこと祝福してるみたい。そう思ってたら。
 ――おめでとう。
 いきなり、空から声が聞こえて。見上げれば一輪のデイジーが舞い降りて、手のひらの上に乗った。
 すごくびっくりして、それからこの不思議を考えこんだ。そして、思い当たった人物に目を丸くする。
 まさか、ね。だけど、もしかしたら、……もしかするのかもしれない。
 嬉しくてたまらないのになんだか泣きそうになりながら、笑った。あの人は空から俺のこと見てる。だから、絶対泣かない。
「ありがとう」
 今も大好きだよ。
 ささやいたら、答えるように風が吹いて、デイジーの花びらと俺の髪を揺らした。


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イタリア=ヴェネチアーノ誕生日記念
10/03/17