バラと香りとトゲと
昼飯を食い終わってぼんやりしていると、甘い香りを感じた。
その元をたどると、坊っちゃんが花瓶にバラを生けていた。赤に白に黄、鮮やかな色が男所帯のこの家に彩りを与える。
俺の視線に気づいてヤツは、庭のが咲いたんです、と言う。思い出してみると、確かに数日前からそんなことを言っていた気がする。
「綺麗でしょう」
同意するのがシャクで、返事はしなかった。コイツが摘んだのならなおさらだ。
「なんで花なんて飾ってんだ」
「もうすぐお客が来るからです」
「客?」
そんな話は聞いてない。眉をひそめると、呆れた表情と口調で言われる。
「ハンガリーです」
「……アイツかよ」
来るなら勝手に来ればいい。あんなガサツな女、俺には関係ない。
ああ、だからコイツは花なんて飾ってやがるのか。女々しいヤツめ。っていうかアイツのためにそこまでしてやるのか。さぞかし喜んでくれるだろうよ。
なんだかムカムカしてきた。
じっとできなくなって、立ち上がって玄関に向かう。どこに行くのですかと声が追う。
「散歩だよ、文句あっか」
「いいえ」
だったら声かけてくんな。ますますイラついて、乱暴にドアを開けた。
「あ」
玄関には噂のアイツがいた。どんなタイミングだ。今は見たくない顔だったのに。
エメラルドの瞳が俺を見上げる。たちまち、むき出しの敵意が宿った。
「なんでアンタがいんのよ」
「言っとくけどな、ここは俺んちだぜ。居候はあの眼鏡だからな」
「オーストリアさんのこと、そんな風に言わないで」
「うっせえ、この男女」
「なんですって!」
ギャーギャー喚くハンガリーに付き合ってやっていたら、後ろから声が割りこんだ。
「女性にそんな言い方をするものではありません、このお馬鹿さんが」
冷静な声にイラつく。っていうかお前は関係ないだろ。口突っこんでくんな。
「お前は引っこんでろ!」
「このアホ!」
よそ見をしたすきに、アッパーがやって来る。まともに食らって頭がぐらぐらした。思わずその場にしゃがみこむ。
「ざまあみやがれ!」
「……ハンガリー、女性がそのような言葉を使うのはどうかと思うのですが」
「あっ、ごめんなさい」
なんだこの態度の違いは。ころっと人格変えやがって。
二人は俺に構わずに家に入っていった。やがて話題はさっきのバラになる。
「綺麗ですね」
「今日咲いた花です。あなたが気に入るだろうと思いまして」
なんでそんな歯の浮くセリフをサラッと言えるんだ。
「ありがとうございます」
そしてハンガリー、お前も頬を染めてんじゃねえ。俺が同じこと言っても(言わねえけど)そんな反応絶対しないだろ。
「持って行きますか」
「ありがとうございます」
バラを持ち上げたヤツは、突然「痛っ」とうめいた。
「どうしたんですかっ?」
心配もあらわにアイツが尋ねると、苦笑しながらヤツが答える。
「トゲがまだ残っていたようです。全部取ったつもりでいたのですが」
は、どんくさいヤツめ。バカじゃねえの?
「私、手当てします」
「大したケガではありません」
「でも、念のために」
ハンガリーは譲らない。見ていてイライラする。本人が拒否ってんだから、ほっときゃいいじゃねえか。
しつこく粘られて、ヤツは折れたらしい。
「仕方ないですね。えーと、救急箱は……プロイセン」
ヤツはようやく俺の存在を思い出して、救急箱はどこです、と問う。ツバでもつけて治せよとは思ったが、親切な俺様は場所を教えてやった。
「大丈夫ですか?」
「平気です」
「よかった」
お前ら夫婦かよ。……そういえば昔はそうだったな。
バカみてえ、二人で一生やってろ。
無言で外に出た。ブラブラと外をうろつく。何も考えないようにしても、浮かぶのはハンガリーのことだった。
俺に見せる敵意と、ヤツに見せる好意。まるでバラの、トゲと芳香のような二面性。だが、どっちもバラにとっては真実だ。
綺麗なバラにはトゲがある。気に入らない者は躊躇なく刺す。それが当たり前で、ない方がむしろ不自然だ。
ならば、そのトゲがなければいいのにと思ってしまう、俺のこの感情も不自然なのだろうか。俺にも、甘い芳香を感じさせてほしいと。
たとえトゲに刺されて血を流しても、それさえあれば、きっと心は救われるのに。
「……」
ため息をついて、思考を追い払った。
その願いはしょせん、青いバラ。
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09/04/08 初出(拍手)
09/06/01 再録