冬の一日



 寒いとは思っていた。
 生国にいたときは見たことすらなかった毛布を何枚重ねても寒くて、身体の先端が冷えた。
 最近授業で「氷河期」というものを習ったが、まさにそれだ。その内に人類の身体には太い毛が生えて、槍を片手に亀を追うようになるに違いない。
 ある朝、ようやく暖かい寝床から抜け出し、窓の外を見たとき、セーシェルは恐怖を味わった。
 パジャマ姿のまま部屋を飛び出し、ちょうど近くを通りかかったハンガリーにしがみつく。
「どっ、どうしたの?」
「ままま窓の外に」
 ハンガリーは首をかしげ、落ち着かせるように肩を叩いた。温かい手の平がしみた。
「なんか白い綿みたいのが降ってるんです、なのに寒いんです、これは地球滅亡の前触れですか!」
「え?」
 分かってない。もどかしくてたまらないので、手を引いて自分の部屋まで連れていく。窓を指差した。
「あれ、あれですよ!」
「雪がどうしたの」
 あっさりと言われて混乱する。どうして当たり前のように受け止めているのだろう。
「なんなんですか、あれ」
「あーそっか、セーシェルちゃんは知らなくて当然か」
 一人で納得されても。じっと彼女を見ると、ごめんごめんと謝る。
「これは『雪』っていうの」
「ユキ?」
 今まで聞いたことがない言葉だ。
「雪は簡単に言うと、雨が凍ったものよ」
「えっ」
 彼女が生まれ育ったのは常夏の南国だ。一年を通して二十度を下回ることはない。当然、雨が凍るなど、見たことも聞いたこともなかった。
 この世界W学園に来て驚いたことや知ったことは山ほどあるが、これはその中でもトップに入る。
「そういうわけだから、心配しなくていいわよ。今日は暖かくしてね」
「はい! ありがとうございます」
 部屋を出ていくハンガリーを見送って、彼女は制服に着替えることにした。
 冷気が肌から体温を奪い、歯の根が噛み合わなくなる。泣きそうだ。いっそパジャマの上から着ようかとまで考えてしまう。
 恨めしい気持ちで窓の外の雪をにらむ。しっぺ返しのようにくしゃみが出た。


 放課後には生徒会室に向かった。何をしても外れない首輪とともに、もはや日常となりつつある。
「お前、いくらなんでも着こみすぎじゃないか」
 顔を見るなりイギリスに言われた。
「私はこれでも寒いくらいです!」
 着ぶくれした身体を抱いてセーシェルは言い返す。
 彼女はシャツの上にセーター、制服のブレザー、厚手のコートを着ている。実を言えばもう一枚くらいほしい。
 ちなみにコートはハンガリーからの借り物だ。防寒具、という言葉を今日初めて知った。
「私のクラスだとほとんどの子がへばってましたよ!」
「アフリカクラスなら、そーだろーけどよ……。それは着すぎだ」
 コートを掴まれ、彼女は抵抗した。脱がされてはかなわない。だが男は強く、コートの前を開ける。
「やだ、やめて!」
「暴れるな。侵りゃ――」
「侵略やめて超やめて。でも脱がすのもやめて!」
 腕を振り回すが、あっさり捕まれた。
「やめろこの変態エロ眉毛メシマズ!」
「なんだと」
 押さえつけられるようにしてコートを奪われた。なお強くなった寒さに耐えきれずかがみこむ。
「おい」
「ひどい……絶滅寸前のセーシェルゾウガメが本当に絶滅しちゃう……これも全部クソヤンキーバカ眉毛のせいっ」
 目に見えてイギリスはうろたえた。だったら最初からひっぺがすんじゃねえ、と思う。
「な、なんだよ、これくらいで泣くなよ」
「泣いてないけど、泣くに決まってんだろボケナス!」
 ブルブルと震えていると、肩にコートをかけられた。自分で脱がせておきながら、何がしたいのか理解しかねる。
「悪かったよ」
 謝罪を口にする彼をセーシェルはにらみつけた。
「呪われろ!」
 中指を突き出すと、彼女は生徒会室から逃げ出す。
 残されたイギリスは、ただポカンとした表情のままだった。


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09/06/01 初出(拍手)
09/08/01 再録