不死鳥の祝福を
春の陽射しはやさしく暖かく、ポーランドはベンチで眠ってしまいそうになった。
目をこすり、伸びをしてあくびをする。かれこれ数十分はバスを待っているが、いまだ来る気配はない。かと言って居眠りをすれば、きっと置いてきぼりにされる。なので、ひたすら眠気と格闘するしかない。
「……あの」
声が聞こえて、接着されたようなまぶたを開ける。二十代半ばくらいの女性が彼をのぞきこんでいた。見覚えのない顔だ。真っ白な布の包みを抱えている。
「ポーランド、さん?」
おずおずと尋ねるあたりから、彼女も彼と直接の面識はないことがうかがい知れた。おそらく、一般の国民だろう。
「うん」
国である彼に興味や好奇心を持って近づいてくる一般人は多い。芸能人の感覚に近いのだろう。
彼としても、自分を構成している国民と直接ふれ合えるのは嫌いではない。むしろ好きだ。
「バスを待っているんですか?」
「そうなんよ。でも、なかなか来ないしー」
女性は驚いた顔をした。
「今日、バスはストライキですよ?」
「マジなんそれ?」
「ええ。……実は主人もストに参加してるんです」
あちゃー。思わずそうつぶやいた。
だが、乗れないものは仕方ない。ベンチから立ち上がり、再び身体を伸ばす。暇つぶしや眠気覚ましも兼ねて、家までは歩くことにしよう。
「教えてくれて、ありがとだしー。ずっと待つところだったし」
「いえ」
女性は頭を振った。立って見下ろす形になってようやく、抱えているのが布ではなく赤子だと分かる。
ピンクの頬や薄い頭髪がなんとも言えない可愛さだ。瞳は母親に似て茶色い。
「ちょっとさわらしてー」
「どうぞ」
ちょいちょいと頬をつつくと、赤子は口をむにゅむにゅと動かした。それはまるで泣く前兆のようでぎくりとしたが、杞憂に終わり、くりくりとした瞳で彼を見つめている。
調子づいて手をさわってみると、思ったよりも強い力で指を握る。思わず「おぉ……」とうなってしまった。
「生まれてどのくらい経つん?」
尋ねると、半年くらいだとの答え。立ち上がるのが楽しみだと、微笑みながらつけ加えた。
「貴方の国民として恥ずかしくない、立派な人間になるように育てます」
「立派じゃなくてもいいしー」
あっけらかんと言えば、女性は驚いたように目を見ひらく。
「いいんですか?」
「ん。俺は、俺の国民には、とにかく幸せになってほしいと思ってるんよ。立派なやつしか幸せになれないわけじゃないんやし」
人よりもはるかに永い年月を生きた彼の、それは一つの教訓だった。人は目先の数年ばかりが未来であるように思っているために、なかなか気づかないのだが。
「……ありがとうございます」
「え、なんでお礼?」
「私たちのことを愛してくださってるんですね」
「当たり前だしー!」
人のない国など、国ではない。
どんな国でも、自分がなにによって生かされているのか理解し、わきまえ、そして感謝している。身近なものすぎて、なかなか意識にのぼらないが。
「もしよろしければ、この子にお言葉を授けてくださいませんか」
「お安いご用だしー」
少しだけ居ずまいを正し、赤子のひたいに手を当てる。
「不死鳥の栄光と誇りが、絶えず傍(かたわ)らにあるように」
赤子はなにも知らぬつぶらな瞳で、ただ彼を見つめている。曇りのないそれは、哀しいほどに美しく、清い。
今日のことを、成長したこの子はきっと覚えていない。だが、母親はくどいくらいに言い聞かせるのだろう。その果てしない未来が、ひたすらに愛しい。
「ありがとうございます」
感極まった声で母親は礼を言う。頭を振ってから、ポーランドは、さっきから気になっていたことを口にした。
「ところで、おくるみはピンクがいいと思うんよ。ピンクまじ可愛いしー」
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10/02/01 初出(拍手)
10/04/01 再録