夜とジレンマ
――眠れねえ。
何度めになるか分からない寝返りを打った。窓から差しこむ月明かりは清澄に、がらんどうの部屋を照らし出す。
明日も朝早くから仕事だとロシアの野郎に言われた。寝坊したら殴られる。でも寝付けない。ため息をつこうと息を吸いこんだそのとき、かすかに響くノック。
――やっぱり来たか。
もそもそ起き上がって、部屋のドアを開く。薄暗い廊下に、寝巻き姿のハンガリーが立っていた。
「……」
無言で入ってくると、そのままベッドに横になる。長い髪が端から落ちて揺れた。ドアを閉めて、俺もベッドに向かう。髪を一房すくって、指の間に流す。
夜は静かだ。今にも消え入りそうな息遣いしか聞こえない。
よく晴れた満月の晩、こいつが俺の部屋に来るのはもはや恒例になっていた。なにを考えているのかさっぱり分からない。
手を伸ばす。寝巻きのボタンに指をかけて、一つ一つ外していく。抵抗はない。完全に前を開けて、薄い肌着の上から胸を包んだ。下着はつけていない。
布ごしに、かすかな鼓動。ゆるく波打つ。
「お前さ」
「なによ」
ハンガリーが俺を見上げるように首を動かすと、髪と枕がこすれて小さく音がする。
「なんで俺のところに来るんだ」
最初の数回はどぎまぎして眠れなかった。細い寝息とか女の香りとか、こいつの存在を表すものがきつく胃を締め上げた。
そんなことが続いたある夜、思い切って身体にさわってみた。気づいてないはずがないのに、無反応だった。それで調子に乗って犯そうとした。
――そのときの光景は、よく覚えている。
暗い部屋に、白い肌が真新しい布のように浮かび上がる。胸の先端は、色の判別まではできないまでも、ほんのりと濃い。鳩尾からへそにかけての筋はうっすらとくぼむ。
興奮で息を荒らげながら下を剥ぎ取ろうとして、気づいてしまった。
「アンタに犯されたいから」
瞳はガラス玉のようにうつろで、輝きがない。まるで人形のようにされるがまま。正直に言えば、不気味だとすら思った。
ダッチワイフなら、犯す意味はない。俺は、この女を喘がせてよがらせてみたい。
「できっこないでしょ?」
「……分かんねえぞ」
プライドを傷つけられて黙ってはいられない。だが気分は重く、返事が遅れる。なぜか笑われた。
「だから、よ」
まぶたが伏せられて、まつげの影が落ちた。ふ、と小さく息をはいてまどろむ。その隣に寝転がる。ぼんやりとハンガリーを見た。
やわらかなふくらみを揉む。ぐにゃりとして面白いくらいに形を変える。直接さわると、また違うのだろう。その感触を知りたいと、絶えず思う。だが、実行に移せば人形になってしまう。
「……バッカみてえ」
つぶやきながら手を離す。ボタンを留め直してブランケットをかけてやったら急に眠くなって、そのまま寝た。
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20000ヒット企画リクエスト「冷戦時代、洪が普に依存している暗めのR15」
09/08/19