Kiegyezés
「妥協」。
私たちの結婚はそう呼ばれた。落ちぶれゆくかつての大国と、独立までは望まぬ小国の落着だと。
それは紛れもない事実だった。お互いに利害を食い合うかのようなそれは、確かにそう呼ぶのが正しい。
「改めてよろしくお願いします」
彼が差し出した手を握る。乾いて冷えた感触がした。
「私で、よかったんですか」
言葉がこぼれる。言ってしまった後で、皮肉に聞こえかねないことに気づいた。血の気が引く。
「上司が決めたことです。否やはないでしょう」
「……そうですね」
冷水を浴びせかけられた気分のまま、なんとかそう言った。
何をうぬぼれていたんだろう。この結婚は彼の意志ではないのだ。そもそも、本当なら私はそんな立場でもない。あくまで彼に仕える身分なのに。
「なんて顔をしてるんです」
手が頬を撫でた。口元には苦笑が浮かんでいる。なんだかほっとしてしまう。
「だって、私のこと、嫌いでしょう?」
「お馬鹿さん。私がいつそんなこと言いました?」
その声があんまり優しいものだから、あっという間に涙がにじんだ。そっと拭われて、もっと鼓動が激しくなる。
「あなたのことは好きですよ」
「……私もです」
多分、彼の意味とは違うだろうけれど。それでもいい。それでもうれしい。
「困難なことは山ほどあるでしょうが、二人で乗り越えましょう」
抱きしめてくれる胸に甘えた。彼は何も言わずに許してくれる。うれしくて、なぜかさみしくて、もっと涙がこぼれた。
――愛しています。
この感情が妥協ではないことを知っているのは、世界で私一人。
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09/04/03
<補足>
・Kiegyezés→(洪)妥協
首に巻く願望
私の上司は、私にロシアちゃん禁止令を出した。
政治的な意図の全部は分からない。だけど、ずっとロシアちゃんに頼りきりじゃいけないのは分かる。姉としてしっかりする必要があることも。
だけど、気になって。誰かにいじめられてないかとか、風邪を引いてないかとか、不安で仕方ない。どんな大国になったとしても、私の中では、ロシアちゃんはちいちゃな弟のまんまだった。
人目を盗んで、書類を整理する姿をうかがう。その周りでバルトの三人が忙しそうに働いていた。今日も元気そうで本当によかった。
それだけで満足してしまって、さあ帰ろうと思っていたら。
「あ」
ロシアちゃんの小さなつぶやき。気になって見てみると、ロシアちゃんはマフラーを困った顔で見ていた。
「どうかしたんですか」
眼鏡をかけた子が尋ねると、うん、とうなずいて眉をひそめる。
「ペンのインクがにじんじゃって」
「見せてください」
茶髪の子がマフラーをたぐる。渋い顔をした。
「これはちょっと落ちないかもしれないですね……」
「そうなの?」
「早めに洗えばどうにかなるかもしれませんが、シミが残ると思います」
「そう」
ロシアちゃんはいつも通りの表情だ。マフラーがあってもなくても、どうでもいいのかもしれない。
すると、一番小さい子が言う。
「新しいのにしたらどうですか。そのマフラーダサいですよ」
「ラトビアアアア!」
「コルコルコルコル……」
「あ、あの、俺が洗いましょうか?」
「え? いいの?」
「はい。こういうのは得意ですから任せてください」
ロシアちゃんは嬉しそうに笑った。マフラーを外すと茶髪の子に渡す。
「そういえば、ロシアさんがマフラーを外したところなんて、初めて見ました」
「うん、ずっと着けてたから。姉さんにもらったんだ」
いきなり自分が出てきてびっくりする。もっとびっくりしたのは、ロシアちゃんがあのマフラーを今も持ってるということだった。もう捨ててしまったと思っていたのに。
ロシアちゃんのお家を出て行ってから、もう十年以上になる。直接顔を会わせなくなってからは数年経つ。
嫌われてるんだと思ってた。
でもあのマフラーをし続けている限り、ある程度は好かれていると思っていいのだろうか。うぬぼれていいのだろうか。
ロシアちゃん。私の大好きな弟。お姉ちゃんはあなたが大好きだよ。だから、お願い。
いつまでもそのマフラーを外さずにいて。
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09/03/31
植民地少女の奇妙な経験
※うろ覚え状態で書いたので、学ヘタ台本と矛盾する内容になっています
「あ」「げ」
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
だって信じられるだろうか。
私立世界W学園の生徒会長にして傍若無人、傲慢無礼、唯我独尊で私の宗主国でもあるイギリスの野郎が、廊下でばったり出くわした相手に(フランスさん以外で)気まずそうな顔をしているなんて!
天変地異の前触れ?
その相手は童顔なイギリス野郎よりも大人びて見えた。金色の髪に青い瞳に眼鏡。表情や態度からは自信満々な様子が伝わってくる。
「よ、よお」
まゆげの表情が引きつっているのは、私の気のせいではないと信じたい。感動すら覚えて、私はその相手をじっと見つめた。一体彼のどこにそんな力があるのだろう。ぜひとも見習わなくてはならない。
視線に気づいたのか、彼は私に目を向けた。首輪に気づいて、面白そうに笑った。
「この子、君の新しい植民地かい?」
「お前には関係ないだろ」
そう言われても笑みを崩さない。こんな反応には慣れているらしい。ますます感心した。
「名前は?」
「セー」
「答える必要はない。行くぞ」
眉毛野郎はいきなり歩き出した。仕方なく後を追う。後ろを振り返ると、彼はますますおかしそうな顔で言った。
「俺はアメリカだ。よろしくな」
イギリス野郎の早足になんとかついていく。
こういうときに話しかけると、侵略だのなんだの言い出すのは分かっていたから黙っていた。
「おい」
「くぁ?」
あ、ついフランス語が出ちゃった。叱られる。
でも眉毛の野郎は何も言わなかった。今日は変なことばかりが起こる。
「お前は独立すんなよ」
いや、侵略が怖くてそんなことできっこないんだけど。何を言い出すんだ。
「ずっと俺の植民地でいろ」
イギリスの野郎の声は張りつめた糸のようで、下手に触ると指を切ってしまいそうだった。返事もできずにいると、いきなり振り返って私の肩をつかむ。
「いいな!」
どうしてそんな目をするの。どうしてそんなに強く肩をつかむの。
「分かっ……た」
気迫に押されてうなずくと、ほっとした顔をする。何事もなかったようにまた歩く。さっきよりもスピードは遅い。
本当に今日は変なことが起きる日だ。
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09/03/29
死のくちづけ
触れた唇は暖かく、柔らかだった。
『約束だよ! 絶対ね!』
『何百年たってもお前が世界で一番大好きだぞ!』
涙が流れたのは別れる淋しさからだけではなく、これが最後だと分かっていたからだ。
多分、彼女には二度と会えない。俺が約束に同意しなかったことに彼女は気づいただろうか?
――イタリア。俺の、女神。
いつか俺が消えてしまう日が来るならば、そのときはどうか、彼女の幻が再び俺にくちづけますように。
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09/03/28
美しき歌声
指揮者が合図をすると彼らは歌い出した。
それは戦で離れ離れになった男女の歌だ。混声のハーモニーは綺麗なのだけど、あんまり綺麗すぎて、雪のようにひやりと冷たい。
なぜか、一人ぼっちだったころを思い出した。
一人は怖くて、寒いのはつらくて。寂しいのと寒いのはまるで双子のように感じられた。
一人はいやだった。寒いのもいやだった。だから、みんなであたたかいところに住みたかった。ヒマワリが咲いていればなおいい。
僕が望んだのはただそれだけなのに。
仲間がほしいから他国を侵略した。凍らない港が欲しかったから南を目指した。仲よくしてくれない子にはお仕置きした。邪魔をしてくるイギリス君と戦った。
どうして、どうして。
どうしてみんな僕を恐れるのだろう。どうしてみんな僕を忌み嫌うのだろう。
合唱は終焉に向かう。少女は霧立ち上る河岸を目指し、そこで歌は終わる。
拍手をしながら、次なる美しい歌を待った。
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09/03/27