冷凍物でもかまわないから



 澄んだ青い空から、まばゆくてあたたかい陽射しが降り注ぐ。
 寝返りを打つ僕の居場所は、ヒマワリ畑。あたり一面に黄色が広がって、風が吹くたびにさらさらと揺れる。とっても綺麗。
 おひさまのにおいがする。鳥が楽しそうに鳴いている。雲が空を流れていく。
「ロシアちゃん」
「兄さん」
 二つの人影が僕の両脇に立っている。逆光で顔は見えないけれど、誰なのか分かる。そして、その人たちが笑ってるってことも。
「姉さん。ベラ」
 呼ぶと、うなずく気配。そして二人とも、僕に片手を差しのべた。
「向こうに小川があるの」
「一緒に行きましょう」
「……うん」
 両手で手を取って起こしてもらって、そのまま三人で歩く。ああ、なんだか、小さかったころに戻ったみたい。
 そんなにかからずに、小川に到着する。幅は、僕が手を広げたよりも狭い。流れは浅いけれど水が透明で、よく見ると小さな魚が泳いでいる。
 そっと手のひらに水をすくった。少しひんやりしている。ちょっと飲んでみたら、すごくおいしかった。
 僕の隣の姉さんは靴やソックスを脱いで、素足で川に飛びこんだ。真っ白なくるぶしやすねに、きらきらと水しぶきがはねる。
「ロシアちゃんとベラルーシちゃんもおいでよ」
 僕とベラは競争するみたいに裸足になって、ワクワクしながら足をひたした。底の泥が舞い上がってちょっと濁ったけれど、すぐに流れてしまう。
 流れが肌をくすぐる。水をかけ合って、みんな頭からずぶ濡れになった。だけど陽射しが乾かしてくれるから風邪なんてひかない。
「二人ともグルなんてズルいよ」
「じゃあ私は兄さんの味方になります」
「え〜、私が一人になるのぉ!?」
 はしゃいだら疲れてしまって、肩を貸し合いっこしながら小川から上がった。靴を持った手をぶらぶらさせて、ふらふら進む。
 まるで酔っ払いみたいだ。ふふ、と思わず笑ったら、姉さんもベラも笑ってくれた。
「ねえ」
「なあに?」「なんですか?」
「大好きだよ。……ありがとう」
 この大地に、僕らが根付けばいい。三人でずっと、ずっと。
 そう願ったのは――これが夢だと知っていたからだ。

 目をひらく。僕は灰色の部屋の中にいて、ベッドの中、一人ぼっちですきま風にふるえていた。
 何度も繰り返した冬が、夢を冷凍にする。来年、また味わうために。


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09/12/30
 
 

うたかた



 鼻先をかすめたシャボン玉を指先でつついた。虹色に輝きながら、音もなく割れる。
 面白くなって、親指と人差し指で作った輪にそうっと息を吹きこんだ。あともう少しのところで弾けてしまう。
 皿洗いのかたわらでそんな風に遊んでいたら、背後でカツン、と靴音がした。
「イタちゃん?」
 振り返って、予想が外れたことを知る。皿洗いを一緒にする、同じ召使い仲間のイタちゃんじゃなくて、私の主人のオーストリアさんだった。
 え、と固まってしまう。どうして彼がここにいるの?
「あの」
 おそるおそる声をかける。オーストリアさんは黙ったまま、シャツのカフスボタンを外した。くるくると腕まくりをすると私の隣に立って、なんと皿を洗い出した!
「お、お、オーストリアさん」
 どうして貴方が皿洗いなんかしてるんですか? イタちゃんは?
 聞きたいことは口に出せなくて、呆然と横顔をながめる。眼鏡の奥の瞳はまっすぐに手元に向けられて、揺るがない。どんなことにも真剣に取り組む彼らしかった。
 でも要領が悪い上に手つきがぎこちなくて、慣れてないのがよく分かる。ますます疑問が増えていく。
 疑問符を浮かべていたら、こっちを見ないまま口をひらく。
「手が止まっていますよ」
 一瞬、頭が真っ白になる。すぐに我に返って、あわてて手を動かした。
 皿のぶつかる、硬質で高い音が響く。
「……」
 ちらりとオーストリアさんの手を盗み見た。私より太くてしっかりしているのに優美(ゆうび)で、葦みたいにまっすぐな、白い指先。
 皿洗いなんてちっとも似合わない。ピアノの上にあってこそ、本来の素敵さが引き立つんだと思った。
 二人で黙々と皿を洗う。イタちゃんと一緒のときはたくさんおしゃべりしてるから変な感じ。
 手の動きが単調だから、思考と動作が乖離(かいり)していく。魂が身体から抜けて、私たち二人を上から見下ろしているような感覚に陥る。
 「泡の中でオーストリアさんにふれてみたい」。
 ふと、突飛な発想が浮かんだ。だけど思いついたら実行に移したくなる。
 なに食わぬ顔をして、ほんの少しだけ、あの白磁の肌にふれる。きっと彼は気づかない。気づいたとしても、私の気持ちまでは分からない。
 想像は、くらくらするほどに甘い。だからそれだけで満足してしまって、実行には移さなかった。
 生まれては消えていくシャボン玉。そんな風に、他愛ない夢想はふくらんで潰(つい)える。七色の光だけを残して。
 石けんを流して水ですすげば、オーストリアさんの濡れた手の甲がきらめいた。


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09/10/01 初出(拍手)
09/12/01 再録
 
 

シーン47の僕は



「ロシアさん、覚悟しておいてください」
 僕は指先で眼鏡を直し、目の前のロシアさんをにらみつけた。いつもと変わらない笑顔の下でうごめくのは、陰謀だろうか、緊張だろうか。
「今度の事件の犯人、僕には分かってるんです。……では、また」
 力強く言い切って、きびすを返す。風が吹いて、前髪を舞い上げた。
「カーット!」
 アメリカさんの一言で脱力する。
 ――セリフをトチらなくてよかった。
 さっきのカットは三回もNGを出して、ロシアさんの笑顔が怖かったから。
「よし、じゃあ次はシーン47に行くぞー!」
「水道菅……じゃなくて魔法のステッキで暴走するロシアさんを、僕が止めるシーンですよね?」
「ああ! よろしく頼むよ!」
 アメリカさんの書いた映画の台本は脚色がものすごかった。実際にはなかったアクションとかカーチェイスとか、とにかくド派手だ。
 ――さすがハリウッド映画のお国。
 なんて感心してる間もなく、撮影が始まりそうになったから、慌ててスタンバイ。ロシアさんを後ろから羽交い締めした。
「ちょっとそのままー!」
「……よかったね」
 カメラに不具合が生じたのか、色々いじっているアメリカさんには聞こえないような声で、ロシアさんがつぶやいた。
「映画じゃなかったら、僕、こんなこと許さないよ」
「……どうもありがとうございます」
 「ははは」と、乾いた笑いが漏れた。
 ――ギャラとお礼を兼ねたお菓子は、ロシアさんの分だけちょっと多めにしておこう。
 そう決意した僕の顔はいつもより引き締まっていただろうに、そのシーンは完成版では綺麗にカットされていた。


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09/11/24
 
 

8月31日の光景



「も、もう無理!」
 ノートの上に突っ伏して、イタリアくんは情けない声を出しました。くるんがぐにゃぐにゃにしおれています。
 日めくりカレンダーが示す今日の日付は、8月31日。夏休み最終日、宿題をしていない全国の学生が涙する日。
 世界W学園もその例に漏れず、そんな光景が繰り広げられているというわけです。
「甘えるな! さっさとシャーペンを握れ!」
 イタリアくんの後ろで腕を組んで仁王立ちしているのはドイツさんです。いつにも増して、すごい迫力です。
「できっこないよ〜。こんなにたくさんの宿題……」
「それをコツコツこなして来なかったのは誰だ!」
 俺だけど、とイタリアくんが小さくつぶやきます。
 思い返してみれば、彼は海に行っては水着美女をナンパし、山に行っては宿屋の一人娘に共に下山しないかと言い寄り、街を歩いては道行く女性に声をかけ……遺憾なく夏の開放感を楽しんでいらっしゃいました。
 そのツケが、つまり、この状況なのです。
「ドイツと日本はー!?」
「俺はもう終わっている」
「私もです」
 とある夏の祭典の三日間を除いて、毎日計画通りに進めてきましたから、最終日に焦るということはありません。ドイツさんも同じようなものでしょう。
 あ、イタリアくんの目がうるんできました。今にも泣きそうです。
「絶対絶対絶対無理!」
「あきらめたらそこで単位保留だぞ!」
 だけど、と涙がぽろぽろこぼれていきます。ドイツさんがなにを言っても、もう返事すらせずに弱々しく頭を振るばかり。
 まったく、仕方ないですねえ。
「そういえば、食堂に、今日だけのバイトさんが入ったそうですよ。しかもすごく可愛い女性だとか」
「ホント!?」
 本当です、とうなずいて、あごに手を当てました。
「食堂はあと数時間で閉まってしまいますね……。今日を逃せばいつ彼女に会えることやら」
「俺っ、宿題がんばる!」
 猛烈な勢いでシャーペンを走らせる彼を見て、私とドイツさんは顔を見合わせました。
 あっぱれイタリア男の女好き。


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09/08/31 初出(ブログ)
09/10/16 再録
 
 

最終兵器Kugelschreiber!



 世界会議で会った日本は、心なしかやつれて見えた。目の下にはどす黒いクマがある。
「よぉ日本」
「ああ、プロセインさん……」
 いや、俺、プロイセンだから。
 反射的に言い返したくなるのをぐっとこらえた。あの日本がこんなミスを犯すなんて、よほど疲れているのだろう。気遣えるなんてさすが俺様。
「どうしたんだよ。なんかあったのか?」
「ええ……年越し前の、自分の内なる情熱を発散させる祭典が近づいているんです」
 なんだそりゃ。
 よく分かんねえけどなんかヤバそうだ。あんま関わりたくない。じゃあな、と適当にその場を立ち去ろうとしたら、スーツをつかまれて引き留められた。マジかよ。
「プロセインさん、お願いがあります」
 もはや黒い瞳は焦点を結んでいない。ふるえる手でペンを差し出しながら、日本は言った。
「このペンを持って、『クーゲルシュライバー』と叫んでくれませんか」
「はぁ!?」
 意味が分からん。つか、そんなことしてなんになるってんだ。
「日本男児一生のお願いです! やっていただかないと、もう切腹するしか……」
 そこまで言われると断れない。しぶしぶペンを受け取って、あたりを見回した。よし、誰もいない今のうちだ。
「クーゲルシュライバー……」
「聞こえません、もっと大きな声で」
「えっ。……クーゲルシュライバー」
「やる気あるんですか! 全然伝わってきませんよ!」
「クーゲルシュライバー!」
「もっと叩きつけるように!」
「クーゲルシュライバーァアアアァっ!!」
「さあ一緒に! もう一度! 冬の寒さなんて吹き飛ばしましょう!」
「クーゲルシュライバーァアァァァァァアアアア!!!」
 なんだかスゴく燃えていた。今まで生きてきてこんなことになったことはない。これが生命の高ぶりってやつか!
「楽しそうだね、僕も混ぜてー」
 ニコニコ笑いながらロシアが乱入した瞬間、それは消えてしまったのだが。


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09/08/29 初出(チャット)
09/10/16 再録

<補足>
・kugelschreiber(独)→ボールペン