Von Berlin nach Rom



『 イタリア。
 今だから言おう。私は、お前に抱かれるのが苦手だった。
 愛撫する指先、キスを降らせる唇、熱を持った肌、乱れる吐息、欲におぼれている最中はひどく愛しいのに、静寂の中でやさしく抱き寄せられた瞬間、すべて嫌になった。
 美しいと、お前はささやいた。髪が月光のようだと、白くなめらかな肌だと、サファイアの瞳だと、甘い甘い言葉をつむいだ。それらが私を悩ませたことを、お前は知らないだろう。
 イタリア。
 知っているだろう。私は人殺しだ。銃を構え、手榴弾を投げ、ナイフを振りかざし、黒ずんだ血に真新しい血を塗り直すことを重ね、それをなんとも思わなくなった女だ。
 いつもおびえていた。こんな私がお前を抱きしめることは罪に違いない、と。いつか罰がくだると、そればかり考えて心の安らぐ暇がなかった。
 だがお前に抱かれているひとときだけ、私は自分の穢(けが)らわしさを忘れられた。だからあの行為が苦痛だったのだろうと、今になって気づいた。
 イタリア。
 この手紙を読むお前は、きっと、私の敵なのだろう。兄や国民や戦局をないがしろにできるほど、お前が強くないことは分かっている。
 近い内にあるはずの戦いで、おそらく私たちは敵同士として再会する。そのときはためらわずに引き金を引いてほしい。私もそうするつもりだ。
 思い知るだろう。私がいかに無慈悲で、残酷で、冷徹な女か。見下げてくれてかまわない。侮蔑や呪いの言葉ごときでは私は眉一つ動かさない。そんな心はとうに捨てた。最初からなかったのかもしれない。
 イタリア。
 申しわけ程度に残っていた感情のすべてで、私はお前を、愛するように憎んでいた。憎むように愛していた。
 イタリア。
 イタリア。
 イタリア、――』


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10/02/07 初出(ブログ)
10/03/11 改稿再録

<補足>
・Von Berlin nach Rom(独)→ベルリンからローマへ
 
 

歌をきかせて



 歌ってほしいと、ただ願っただけだ。
 いつか見た光景。彼女が讃美歌を口ずさんでいた。己の罪を懺悔し神の赦しを希(こいねが)うありていな歌詞が、知らない響きを持って心をふるわせた。
 かたときも忘れたことのない記憶。もう一度だけ、ほんのわずかでもかまわないから、あの歌声を聞かせてほしかった。
 彼女との同居を知ったときの喜びは言葉にならない。ひたすら嬉しくて、じっとしていられなかった。
 けれど彼女はおびえた目をする。追いかけると逃げてしまう。話しかけただけで涙ぐむ。全身から強い恐怖を発して、……。

 ある日彼女を捕まえて、とうとう「歌ってみろ」と命じた。不思議そうな顔をするのがやけに恥ずかしく、強めに急かすとびくびくとうなずいた。
「――」
 そうして、焦がれてやまなかった歌声を聞けた……のに。
「違う」
「え?」
「お前はもっと綺麗に歌えるだろ!」
 記憶とはあまりに違う、お粗末な音色。コケにされた気がして、力任せに身体を揺さぶる。「やーっ」と彼女は叫んで、瞳から大粒の涙をこぼした。
「ちゃ、ちゃんと歌ったよ? 本当だよ! だからお願い、ぶたないで」
「嘘を言うな!」
 あのときの歌声は、のびやかでほがらかで、あたたかくて。聞いているだけで彼女が幸せに包まれているのが分かった。
 なのに、なぜ今は。
「ごめんなさい、ごめんなさい! なんでもするから、怒らないで」
 泣きながら許しを乞う姿は、あのとき歌っていた彼女とはまるで別人だ。
「……」
 言葉を失う。
 彼女が歌を無くしたのは、彼自身のせいだ。支配して泣かせて働かせて。そんな日々が、彼女から幸せを奪い、歌を奪った。
 永遠に手に入れられないものがあるのだと、悟る。美しくさえずる鳥を捕まえて籠の中で飼っても、同じように啼くことはない。
「……もういい。行け」
 手を離すと、彼女は一目散に逃げてゆく。捕まえることの叶わないその背中を、泣きたいような気持ちで見ていた。


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10/01/02 初出(ブログ)
10/03/11 改稿再録
 
 

Frohes neues Jahr



「……あっ」
 窓の外を見たイタリアが、明るい声を上げる。隣に立っている俺の肩を叩き、空を指差した。
「見てドイツ、花火!」
 視線を向けて、思わず口元をゆるめる。鮮やかな大輪が群青に映える。
「新年祝いのだな」
「ヴェー、キレイだねー!」
「ああ」
 二人とも夢中になって、冬の空に咲き乱れる花を見続けた。最後に一番大きなものが上がり、イタリアが嬉しそうに拍手する。
「私んちでもやろうかなー」
「……やめておけ」
「えー、なんでー?」
「火の扱いが怖い」
 失礼な、と彼女は頬をふくらませた。だが、ふいに身体をふるわせる。寒いらしい。冷やして新年早々風邪をひくのもなんなので、寝室に向かう。
 明日の予定は、午後からオーストリアたちに会う以外はない。なので、ベッドに入ってもしばらく話をしていた。そのほとんどが他愛もない内容だったが。
「ドイツ」
「なんだ」
「来年もさ、私たち、こうしてるのかな」
「……たぶんな」
 去年も一昨年もその前もそうだったのだから、おそらく。うなずくと、彼女は幸せそうに笑った。
「新年の一番最初に会うのはドイツって決まってるなんて、すごいや」
「ああ」
 こんなことくらいで喜ぶのは、彼女くらいなものだろう。そう思って、自然と笑みがこぼれる。
「今年も大好きだよ」
 頬にキスをされて、火がついてしまう。唇を味わえば、向こうもその気になったらしい。甘えるように首に腕を回してきた。服をゆるめ、彼女の細い鎖骨をあらわにして、吸いつく。
 今度花を咲かせるのは、空ではなく、肌の上だ。


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10/01/01 初出(チャット)
10/03/11 改稿再録

<補足>
・Frohes neues Jahr(独)→あけましておめでとう
 
 

監獄の中で



「この眉毛野郎! ケ・バッレ!」
 柵の向こうでイタリアの兄の方が叫んでいる。俺と、俺に首を固められた自分の妹を見つめながら。
 腕の中で女はふるえている。俺がちょっと動くたびに息をのむ。生死を俺に握られていると分かっているのだ。割と賢いじゃねえか。
「カッツォ!」
「黙れ。妹がどうなってもいいのか」
 カビが生えていそうなくらいに悪役くさいセリフ。それでも、効果は抜群だ。
「大英帝国さまをナメたこと、後悔させてやる」
 女と、それに関係する男を辱(はずか)しめるのに一番効果的な方法は知っている。
 俺は紳士の国だからあまりこういうことはしたくないが、最初に礼を欠いたのは向こうだ。だからその報復なのだと、都合よく言い訳する。
 やわらかそうな胸を後ろから鷲づかみした。激しい抵抗にイラついて、喉の圧迫を強める。抵抗が完全に消えてから緩めるとすさまじい咳。そこからはもう暴れなくなった。
 ジャケットのボタンを一つ一つ、見せつけるように外す。兄の目が暗く重くにごっていくのが滑稽だ。俺を軽んじた報いだ。
 それからネクタイを外して、シャツのボタンを千切る。白い肌が見え隠れした。指先でこすれば、ぼろぼろと涙をこぼす。
「やだぁ……っ」
「出たかったら出てけ! だからもうやめろ!」
「ああ、出てってやるさ。もっと楽しんでからな」
 するりと、下着の中に手をすべりこませた。


「兄ちゃん、ドイツ、なんでイギリスは寝ながら笑ってるの?」
「俺がそんなこと知るかよ」
「話をそらすな! いいか、お前たちはまったく――」


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09/09/22 初出(チャットにて)
09/10/16 再録
 
 

甘い花びら



「ただいま〜」
 陽気な声が玄関から聞こえてくる。握っていた包丁を置いて「お帰り」と返す。
「ルーイ、ハグハグ〜」
 彼女はウェーブのかかったポニーテールを弾ませた。腕を広げて抱きついてくる。胸板にあたる柔らかさに気をとられたが、ハッと気づいて肩を押しのける。
「気をつけろ、刃物や火があるんだぞ」
「ごめん」
 しゅんとうなだれる。きつく叱られた犬のようで、まるでこっちが悪者だ。
「分かったならいい。頼んだものは買ってきたか?」
「うん、ほら」
 手に持ったマイバッグを示す。中身はちゃんと頼んだとおり、今日の夕食の材料だ。……なぜかパスタも紛れこんでいたが、それは見なかったことにする。
「助かった」
「どういたしまして」
 にこりと彼女が笑ったとき、栗色の髪から白い何かが落ちた。よく見てみると花びらだ。
「どうしたんだ、これ」
「ん? ああ、歩いてる途中でついたのかも」
「そうか」
 よく見てみると、耳のあたりにもくっついていた。手をのばすと、指先が彼女の耳に触れた。
「くすぐったいよ」
 身体をよじって逃げられる。
「取れないだろう」
「だって」
「じっとしてろ」
「うひゃ、ちょ、ルーイ」
 笑い声が転がる。いやいやをするように首を振った。
「暴れるな」
「でも、……わっ」
 抵抗をかわすのが面倒になり、彼女の頭を自分の胸に押しつける。反応が鈍ったその間に、なんとか花びらを取り除く。
「取れたぞ」
 見上げてくる琥珀色の瞳がすぐ間近にある。その理由と今の体勢にようやく気づき、顔に血がのぼった。
「す、すまん」
 身体を密着させたまま、ほのかに赤い顔で、彼女は首を横に振った。白い手をのばし、頬をはさむ。背伸びをしたが顔の高さは釣りあわない。
「ルーイ」
 甘いささやき。それに応えるために細い腰を抱き、かがんで唇を重ねる。手が頬から髪に移り、柔らかく乱した。
「……料理の続きをしたいんだが」
 彼女はあからさまにつまらない顔をする。それがイタズラな表情に変わった。
「じゃあ、キスして?」
「一度で終わるんだろうな」
「満足したらね」
 ため息をつくと、早く、とねだってくる。なんだかんだ言いながらも逆らえない自分に呆れつつ、再びキスをした。


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09/04/24