子どもの夢はさめて
――もう人形で遊ぶような年じゃない。
城をかたどった箱は埃をかぶっていた。手で払うと舞い上がる。光をあびて金色にきらめくのは綺麗だったが、気管に入ったのか、激しくむせてしまう。
咳が落ち着いてから持ち上げた。記憶よりもずいぶん軽い。倉庫に向かう道のりで、さまざまな想いが胸を去来する。
特製だと、言っていた。手にはギプスがあった。きっと彼が作ったのだろう。口は悪いが、意外に面倒見のいい彼ならありえることだった。
一人きりのときは、いつもこの人形で遊んだ。居もしない敵を作り上げて、ヒーローになりきって、さみしさをごまかすように。
幼い自分は知らなかったのだ。――敵は外ではなく、内に潜んでいたことを。
「心細い気持ちは分かる、って言ったくせに」
泣きじゃくる自分の頭をなでながら、強くなれ、と。
――ああ、俺は強くなるさ。
想い出にすがったり、来ない人をいつまでも待ったり、泣いてだだをこねたりなんてしない。そんなことをしてもどうにもならないと知ってしまった。
――強い大人になるんだ。
だから、もう、この人形はいらない。自分は子どもではないのだから。
倉庫の床に箱と人形を置く。人形は顔の塗装がはげて、ぼろぼろになっていた。記憶も人形も全部古ぼけていくんだ、と気づくと鼻がつんとした。あわてて鼻をこすって立ち上がる。
ドアを閉める一瞬、懐かしさと反発と後ろめたさが胸を刺した。
今ならまだ取りに戻れる。遊ぶことはなくなっても、飾るくらいはできる。なにより、人形がなくなっていることに気づいたら、彼はきっとがっかりするはずだ。
――そんなこと、かまうものか。
頭をふって、さいなむ感情を振り払う。
実力を認めてもらえずに、上からああだこうだと指図されるのにはうんざりだ。
力だけなら充分渡り合えるのに、軽んじられて受け入れてもらえない。そればかりか、くだらない税金は次から次へと課せられる。
自分を尊重してくれない相手を思いやる必要などない。当然の報いだ。
――これでいい。いいんだ。
自分に言い聞かせながら屋敷に戻る。心がざわざわと騒いで落ち着かない。
なにか飲もうかと食堂にやってきたが、あいにく紅茶のストックは切れていた。余っているものはないかと、さらに棚を探る。焙煎されたコーヒー豆が出てきた。
彼はそれを「無粋な泥水」と呼んで嫌悪している。
「……」
一度も飲んだことはなかったが、淹れ方は一応知っていた。
不気味なくらいに黒い液体をおそるおそる口に運ぶ。想像を絶する味が喉に焦げついた。咳きこみながら、思わず口直しの甘いものを求めてしまう。
――それじゃダメなんだ。
子どものように甘さを求めてばかりでは、いつまで経っても成長できない。苦さを受容できればきっと、大人になれる。
カップを見つめて大きく息を吸う。口に流しこんで、無理やり飲み下す。
「あんまりおいしくない……」
しびれるような苦さは、いつまでも消えなかった。
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09/07/04