あの日のドニプローは今も、
ひざにまで達しそうな雪をかき分ける。単体なら粉みたいでも、積もれば重く冷たい壁になって、じわじわと体力を削っていく。
ドニプロー川からの風が髪を舞い上げた。雪を抱いて白っぽいそれに、すうっと頭も白銀に染められて、ぐらりと身体が前にかしいだ。
「お姉ちゃん!」
肩をつかまれて引かれても体勢を直せない。助けようとしてくれたロシアちゃんまで巻き添えにして、冷えきったじゅうたんの上に倒れていた。
口の中に容赦なく氷塊が入る。涙目で咳きこみながら吐き出した。身体を起こすと、私の小さな弟と妹が顔をのぞきこむ。
「だいじょうぶ?」
舌足らずな口調でベラルーシちゃんが問う。平気よ、とうなずきながら、雪まみれのロシアちゃんの頭を綺麗にした。お返しに、私についたのも払ってもらう。
「僕が前を歩くよ」
ロシアちゃんの気持ちは嬉しかったけど、頭を振った。まだ残っていたものがパラパラ落ちる。
「いいの」
だって、私はこれでもロシアちゃんとベラルーシちゃんのお姉ちゃんだもの。こんなときは二人のためにがんばらなきゃ。
だけど身体は冷えきって、凍ったように動かなかった。立ち上がることすらできない。しっかりしなくちゃいけないのに。
もがいていたら、ベラルーシちゃんが首に抱きついた。ちっちゃい子特有の体温の高さが、泣きそうなくらいに染みわたる。
ロシアちゃんも背中から抱きついて、前後から二人に挟まれる。やまなかった身体のふるえが、少しずつ収まっていく。
広いだけでなにもない雪原が、私たちきょうだいに与えられた居場所だった。三人で寄りそって、息を殺しながら寒さを我慢して、存在を許されないかのようにわびしく抱き合う。
やっと安らぎを見いだしても、その地を追われる。あてどもなくさまよいながら、身も心も疲労していく。
一人だけならきっと限界だった。だけど、私にはそばにいてくれる人が二人もいる。
「ねえ、知ってる?」
耳元でロシアちゃんがつぶやいた。息が暖かい。
「『ひまわり』って花があるんだよ。その花は太陽ばかりを見てるから、太陽の色をしてるんだって」
――太陽。
空を見上げても、分厚い灰色の雲に閉ざされて太陽は見えない。陽射しの代償のように、雪ばかりがふりそそぐ。
「あのね、僕、約束するよ。――」
くらくらするほどに甘い希望が、耳からそそがれる。
叶うならばどんな犠牲だって惜しくない、そう思えるほどの魔力を秘めて、まるで毒みたい。
「必ず、約束は果たすから」
「約束よ」
「やくそく」
三人で円を作るように手を取り合って、約束も希望も共謀して閉じこめた。なにもかも凍りづけにしてしまう大地で、もろく砕けてしまわないように。
ドニプローの流れが、証人のように私たちを見ている。
「行こうか」
「大丈夫なの?」
「うん、二人のおかげよ。ありがとう」
無理に笑顔を作ると、幼い二人はなにも知らずにだまされた。
ゆっくりと立ち上がって、再び歩きながら道を作る。途中で、ふと思いついて言った。
「だけどお姉ちゃん、キエフルーシ継承権は返さないよ!」
「……うん、それはいいけど」
――あのとき円の中に閉じこめられたのは、きっと、私たち三人もだったのだろう。
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09/08/24
<補足>
・ドニプロー川(Днiпро(烏))=ドニエプル川(Днепр(露))