'O sole mio
雨の音が、途切れることなく続く。寝そべったベッドから白っぽい窓の外をながめて、息を吐いた。
「ヴェ〜、最近は雨ばっかりだねぇ、兄ちゃん」
隣の弟の声が憂鬱を帯びて聞こえるのは、きっと正しいのだろう。自分の気持ちが反映されたわけではなさそうだ。
イタリアは晴れの日が多いが、一年中晴れているわけではない。それに、普段は晴れているだけに、雨の日が余計に憂鬱なものになる。
「あーあ、太陽が見たいなあ」
「太陽」と聞いて彼の頭にすぐ浮かんだのは、かつての宗主国だった。「日の沈まぬ国」と呼ばれたこともある、明朗快活な男だ。
幼かった自分を育て、そして今でもなにかと世話を焼いてくれる。まるで太陽のように、彼には必要不可欠な存在だった。……それを認めるのは、少しばかり抵抗があるのだが。
「ねぇ、こんなに雨が降ってたら、太陽も濡れちゃいそうじゃない?」
口にした弟も彼も、それはあり得ないことだと分かっている。退屈しのぎの軽口だ。いつもなら鼻で笑ってやるところだが、今日だけは付き合ってやってもいい気になった。
なんせ、退屈な雨の日だ。少しくらい気分を変えてもいい。
「昔、アイツに同じこと言った」
枕を抱えると、あたたかな陽(ひ)の匂い。ふにゃりと眠くなる。
「そうなの? で、なんて言ったの? 聞かせて!」
興味津々の顔をして尋ねてくる弟をちらりと見やり、彼は口をひらく。
『たいようは、あめでぬれないのか』
不思議な天気の日だった。
雲の切れ間から陽射しが降り注いでいるのに、彼らの上には雨が降っていた。雨がきらきらと輝いて、まるで光の矢だ。最後の審判が襲来したように。
彼の問いに、スペインは造花を作る手を止めた。どんなに単調で面白みのない作業でも、絶対に投げ出すことはなかった。だから自分をないがしろにすることもないのだと、彼は知っていた。
『うーん。濡れてもすぐに乾くんとちゃう?』
『かわくひまがないくらいぬれたらどうするんだ』
意地の悪い質問を重ねた。いつも笑っているこの男を困らせてみたかったのだ。終わらない質問に音を上げたら、嘲笑してやるつもりだった。
『大丈夫、きっと乾くで』
だがスペインはそんな悪意も知らずに、彼の頭をなでた。浅黒い肌からのぞく歯は異様なくらいに白く見えた。
『雨はほんの一瞬や。乾かないなんてこと、絶対にないで。なんも心配いらへん』
なぜか、言葉に詰まった。見慣れたはずの笑顔が、少し切なそうだったからだろうか。それとも、イギリスにやられた傷が痛そうだったからだろうか。
ロマーノ、と彼を抱き上げ、スペインはバルコニーに向かった。絶え間ない雨の筋は、天から投げられた糸にも見える。集めて縒(よ)ったものは、きっと絹よりも美しいのだろう。
じきに、晴れるで。
その言葉通り、すぐに青空が広がった。洗いたての街並みを、真新しい陽射しが照らした。赤い屋根の群れはこの男そのものであるので、美しいと表現するのははばかられたが。
「パースター……」
話している間は照れくさくて視線を向けられなかった弟は、いつの間にか眠っていた。
「聞かせろっつったのは誰だよ」
マイペースにもほどがある弟の頬をつねる。それでもヘラヘラと笑っているのには呆れた。
雨があがったら、きっとあのときのような光景が彼を迎えるのだろう。鮮烈で、純粋で、よそよそしい、彼の家並み。
それを飽きるまでながめたら、弟を連れて、生乾きの彼の太陽に会いに行ってやってもいい。
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10/02/12
<補足>
・'O sole mio→(ナポリ語)私の太陽