御伽噺の後ろ側



 時は戦国の世、群雄が地を割拠し、武勇がものを言う時代。
 あるところに高貴な血筋の城主を戴く城がありました。城下の民は城主とともに、乱世にあっても平和な毎日を過ごしていました。
 しかし世は無情、その国にも戦いはやって来ました。幾千の兵が何重にも城を囲み、陥落を今や遅しと待ち受けます。
 そんな中で、手綱をあやつり城に向かう者がありました。やや幼い顔立ちながら、目には隠しきれぬ闘争心がほとばしっています。その者は刀を抜き、行き先をふさぐ者を次々と斬りました。
 矢を射かけても野うさぎのごとく軽やかにかわし、くくられた栗色の髪をなびかせながら刀をふるうさまは白拍子のよう。
 彼は身軽な動きで敵を翻弄して囲いを切り、城内に入りました。鎧を鳴らしつつ中を駆け回ります。家人たちが普段床の間として使っている部屋の戸を開け、険しい表情を緩めました。視線の先には、城主の一人娘が座っています。
「姫」
 顔をあげたのはつややかな黒髪を流した佳人です。細面には不安が色濃く浮かんでいました。
「貴方は」
 彼はその場で膝をつきました。
「私は代々お館さまにお仕え申し上げてきた家の者です」
 彼女はそうですか、とうなずきました。
「お館さまはいずこに」
「父上は自害しました」
 淡々とした言葉ですが、彼を驚かせるには充分でした。なぜ、ともらした彼を静かな瞳で見つめ、彼女は答えます。
「敵が攻めてきたのは、輿入れを断られたことを口実にしてのこと。その責任を取るのだとおっしゃっていました」
 彼は何も言えずに彼女を見つめました。そのとき、城外がにわかに騒がしくなりました。何事かと耳を澄ませば、「焼き討ち」とのざわめきが聞こえてきます。
「姫、この城はもう持ちません。どうかお逃げください」
 いまや城主となった姫君は、首を横に振りました。確かな意志を目に、彼を見据えます。
「私はこの城と終わりをともにします」
「ですが!」
「敵にこの身を弄ばれるくらいなら、私は誇りを選びます」
 彼が息を飲む音は城の崩壊する音にかき消されました。侍従たちが泣き叫ぶ声があちこちから聞こえてきます。覚悟を決めて自ら命を絶つ者もいました。
 地獄絵図のような光景の中で、彼女の周りだけは凛とした静寂に満ちています。
「今まで、我が一族によくぞ仕えてくれました」
 彼女は穏やかに微笑みました。そこからは何の感情も読み取れません。
「お逃げなさい」
 目を見開く彼に、抑揚のない声が突き刺さります。
「貴方が私に殉ずることはありません。生きて、生き延びて、幸せに――」
「できません」
 強い響きがさえぎります。彼は立ち上がり、彼女の肩に手を置きました。
「姫のいない私の生に幸せなどありません」
 力強い手が彼女の肩を掴みます。
 そのとき、炎が城を飲みこみました。


「それで、お姫様はどうなったあるか?」
「早く続きを聞きたいんだぜ!」
 口をつぐんだ語り手を二人の男児がせっつく。薄汚れてつぎはぎだらけの着物を着てはいるが、荒れた世情を知らぬように表情は明るい。
 語り手の青年は黒い瞳を細めた。
「それは、誰にも分かりません」
「そんなのないあるー!」
「許せないんだぜー!」
 青年は切り揃えられた黒髪をかきあげる。唇が笑みを作った。
 三人の様子を遠くからながめていた者たちがいる。旅芸人の一座だった。
 乱れた世の中でも、いやそんな世だからこそ、人々は遊興を求める。彼らはそれを果たすべく、村から村へと渡り歩いていた。
「今の話、本当かな」
 そんなことをつぶやいた弟子を、師匠であり座長でもある男はにらみつけた。何をしているかと思えば、おとぎ話の盗み聞きとは。
 かく言う彼もこっそり耳をそば立てていたのだから責められた義理ではない。後ろへなでつけた前髪にふれつつ答えた。
「さあな」
「二人はどうなったんだろー」
「城で焼け死んだんじゃないか」
 面倒そうに言う男を少年はつまらなさそうに見た。首をめぐらし、隣にいた兄と団の先輩に目を向ける。
「兄ちゃんたちはどう思う?」
「せやなー、逃げたんとちゃう?」
「焼き討ちになってるのに?」
 色黒の男は考えこんだ。
「やっぱり丸焦げ?」
 夢がない、と少年は眉を下げる。満足いく回答を出してくれそうな者を求めて、視線をさまよわせた。自分の兄に目が止まったが、きっと同じことを言うだけだろう。
 ふと、最近入ったばかりの男が目に入る。妻も男も二人ともとてもよく働くので、新入りだがもうすっかり馴染んでいる。厳しい座長も働きぶりを認めていた。
「ねえ、どう思う?」
 尋ねると、男は首をかしげた。聞いていなかったらしい。先ほどの内容を繰り返すと、なぜか驚きの表情を見せた。
「どうしたの」
「いや、なんでも」
「ね、どうなったと思う?」
 男は笑った。それは苦笑に近い。
「生きてるよ」
「だけど、城は燃えてるのに」
 すると、遠い目をする。過去を想うような、心が今にはない顔だ。
「秘密の逃げ道があったんだ。そこから二人は逃げ出して、身分を隠しながら夫婦として暮らしてる」
 少年は首をかしげる。まるで見てきたような口ぶりだ。
「まあ、ただの想像だけど」
 締めくくった男の隣にその妻がやってくる。並んだ夫婦を見て、少年はあることに気づいた。
 男の髪は栗色で、武芸に優れている。そして妻はつややかな黒髪を持ち、どことなく気品に満ちている。
 まさか。
「……って、ありえないよねー」
 打ち消した少年の目の前、二人は笑みをかわした。


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