花になぞらえるならば



「ただいまー」
 ドアの開く音、ヴェネチアーナの明るい声。帰ってきた、とつぶやいて玄関に走った。
「お帰り」
 上品な香りがする。暗くて正体が分からない。なんだろうと思って目をこらしたら花束が見えた。種類までは見分けられない。
「デート、どうだった?」
「すっごく楽しかったよー」
 機嫌のよさそうな声が答える。見えないけど、きっと今は満面の笑みを浮かべてるんだろうなあ。ドイツが「うっ」とうなるのも聞こえた。
「お、俺はもう帰るぞ」
 照れ隠しなのか分かんないけど、さっさと帰ろうとする。思わず服のそでをつかんだ。俺だけじゃなくて、ヴェネチアーナも。
「夕飯食べてきなよ」
 声が重なる。それでも帰ろうとするドイツを二人がかりで説得する。
「みんなで食べた方がおいしいよ」
「今日の夕食はパスタだから!」
「分かった、分かったから。服を引っぱるのはやめろ」
 夕飯を食べるまでは絶対に帰らないことを確認して、手を離した。いつもデート帰りはこうなるんだから、いいかげん、最初から食べるつもりで来ればいいのに。
「じゃあ私、着替えてくるね。ちょっと待ってて」
 ヴェネチアーナは部屋に向かった。けど、いきなりくるっと回って戻ってきて、俺に花束を渡した。
「これ、生けといてくれる?」
「分かった」
 ドイツと二人でダイニングに向かう。椅子に座るなり、「やれやれ」とか言いたそうにため息をついた。
 花びんを持ってきて花を中に入れる。薄紫の花びらの中央から、赤いめしべがのびている。葉っぱは葦みたいに細い。
「サフラン?」
「ああ」
 お前もヴェネチアーナもギリシャ神話が好きだからな。自分の言葉に恥ずかしそうにする。
「俺にも花、くれたよね」
「そ、それは」
 いきなり険しい顔。ヴァレンティーノのことを思い出したらしい。あのときも、勘違いだと知ってショックを受けていた。しばらくは俺も気まずかったけど、向こうはもっと気まずそうだった。今はもう気にしてないけど。
「……ヴェネチアーナには言うなよ」
「分かってるよ〜」
 うなずけば、ほっとしたように表情をゆるめる。花に目を向けるから、俺もながめることにした。
 サフランの花言葉ってなんだったっけ。えーと確か、すごく楽しい感じのものだったと思うんだけど。
 知ってるかな、とドイツを見て、あれ、と声を出してしまう。
 青い瞳をそうっと細め、いつも「へ」の字にしている唇がほのかに下向きの弧を描いている。めったに見れない、穏やかな表情。
「ドイツ、ヴェネチアーナと付き合いはじめてから、なんか雰囲気変わったよね」
「そうか?」
 本人は自覚がないんだ。
「うん、なんかこう、やさしそうになった。怖い顔しなくなったよ」
「俺はしかめ面ばかりじゃないぞ……」
 そういう意味じゃないのに、そう言いながらしかめ面。もったいない。
「それはそうと、サフランの花言葉知ってる?」
「ああ。『陽気』、『喜び』だそうだ」
「そうなんだ。ヴェネチアーナのこと、そんな風に思ってるの?」
「……」
 顔が真っ赤になった。分かりやすいなあ、ドイツって。
「お待たせー」
 ちょうどそのとき、噂のヴェネチアーナが部屋から戻ってきた。ドイツがうろたえる。話の流れを知らない彼女は首をかしげた。
「どうかした?」
「あのねー」
「なんでもない! 気にするな!」


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09/07/11