消えぬ痕を刻んで



 胸に、柔らかな髪が当たる。ただでさえこそばゆいのに、それがふわふわ揺れると我慢の限界だ。
「くすぐったいぞ、やめろ」
「えー? ほっぺをすりすりするくらい、いいじゃん」
 がし、と頭を胸に押しつけて動きを止める。
「よくない」
「だってルーイのムキムキあったかいんだもん」
 天の川のほとりなのに、素っ裸でなにも着けていなければ、そりゃあ確かに寒いだろうが。……いや、問題はそこではない。
 ブランケットを引き寄せ、彼女の肩に乗せてやる。こっちの方があたたかいはずだ。
「そろそろ服を着ろ」
「やだ」
 細い指から出ているとは思えない力でしがみついてくる。さっきまでの行為の再現のように、身体がぴったりとくっつく。
「はあ……」
 ワガママを言い出すと聞かないのはいつものことだ。せめて肌にふれないように髪を揃える。えへへ、と彼女は微笑んだ。
「ルーイは、会えない間なにをしてるの?」
「牛の面倒を見ている。お前は? 真面目にやってるか?」
「うん。毎日機織りしてるよ。最近は上手になったんだから」
「そうか」
 よかった、と安堵していると、俺の首に彼女が吸いついた。同時に、かすかな痛みが走る。
 痕は首筋だけでなく、鎖骨や胸にもどんどん残していく。いつも思うが、こういうことだけは手際がいい。
「ね、ルーイも、私につけて」
「……俺はヘタだぞ」
 何度かやってみたことはあるが、彼女がやるようなものにはならなかった。思いきりするのは痛そうで躊躇してしまう。
「知ってるよー。それでもいいから、お願い」
 ほらここに、と左の鎖骨の下を指で示す。ままよ、と身体に腕を回して、唇をつけた。手加減して吸うと、「もっと強く」と声がかかる。
 示された場所は、かすかに色づいていただけだった。やはりあれくらいではいけないらしい。
「痛くても知らないからな」
「そっちがいいんだよ。うんときつくして」
 そう言われては仕方ない。肺活量の全部を使って、柔らかな肌を吸い上げた。ぷは、と離すと、痛々しいくらいの紫がそこにある。
 軽くぎょっとしてしまう。いくらなんでもやりすぎた。
「す、すまん」
 無意味にこすってしまう。もちろん、薄くなりはしない。
「ううん。嬉しい」
 だが、なぜか彼女は笑った。俺につけたものを指で押さえる。
「どれくらいで消えちゃうのかな」
「一週間くらいだろう」
「そっか……。一年も残ってるわけないか」
 声はあまりにも弱々しい。不安になって抱き寄せる。俺の半分ほどの細い身体は、腕の中ですかすかする。
「大好きだよ。会えなくても、ずっとずっとルーイのこと、想ってるから」
「……俺もだ」
 胸が破けてしまいそうだ。
 彼女を抱きしめて、このままずっとここにいたい。あるいは一緒に向こう岸に行きたい。四六時中、飽きるほどに彼女を見つめていたい。引き裂かれる以前のように。
 こうしている時間はほんの気休めでしかない。今日の一日は短く、残りの三百六十四日は無情に長い。
 一年の間俺たちをつなぐのは、痕そのものよりも、「痕があった」という名残や記憶なのだ、きっと。
「ルーイ」
「ん?」
「もう一回、……しよ?」
 その言葉が耳に入るなり、ぞくぞくとするような甘さが全身に走った。
「……分かった」
 彼女の身体の曲線を手のひらでたどる。
 ――今はただ、別れを忘れて、愛しさに身をゆだねたい。


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09/07/07 初出(ブログ)
09/07/31 改稿再録