指先へ想いをのせて
ヘアピンを留めて、鏡の中の自分をにらむ。ツインテールの位置はちゃんと左右対象だ。眼鏡は拭いてあるし、クマはできてない。
「よし!」
気合いを入れて玄関を出る。すぐに見慣れた姿を見つけた。心なし早足になる。
「菊、おはよう!」
私を見た菊は、おはようございます、とわずかに目を細める。その隣に並んで、いきなり後悔に襲われた。
――ローファー、履かなきゃよかった。
私と彼には身長差がそんなにない。だからヒールのある靴だと、私の方が高くなってしまう。嬉しいことじゃない。むしろ嫌だ。
ただでさえ私の方が年上なのに、身長まで私が高いと、彼としてはいい気分じゃないと思う。あんまり見栄えもしないし。「でこぼこコンビ」ってクラスの三馬鹿に言われても、返す言葉がない。
少しでも差が縮まるように、軽く背をかがめた。あとから変に痛くなるのは分かってたけど、こんなことで嫌われたくない。
連れ立って歩きながら、おそるおそる彼の指先をつかむ。そしたら、さりげなく指の間に指を挟まれた。
「!」
どきどきしすぎて手汗をかきそう。手のひらは私よりも大きくて、なんだか安心した。
「だんだん暑くなってきましたね」
菊は陽射しを手でさえぎる。私は彼の陰の中にいることに気づいた。こういうさりげない気遣いって嬉しい。でも恥ずかしい。
「うん。夜がなかなか眠れなくて困っちゃう」
「え、大丈夫ですか?」
うかがうように顔をのぞきこまれる。近さにぎくりとしながら、つないでない方の手を振った。
「平気平気。毎年のことだもん」
「そういえばこの会話も毎年してますね」
彼と私は、昔から家族ぐるみの付き合いを続けてきた幼なじみだ。学年は違うけど高校は同じ。
「あ、確かに!」
顔を見合わせて笑った。彼はすごく控えめに笑うけれど、拾いあげるように見つけるのは楽しい。
歩くうちに校舎が見えてきて、そっと手を離した。私には、みんなの目の前で手をつなぐ勇気がない。
なにも言われなかった。あんまりこういうことにこだわりはないのかも。自分からやっておいて変だけど、すこしさびしい。
ふれられるのにふれない、おかしな距離があいた。その空間によそよそしさが鎮座する。
なにか言わなくちゃいけない気がして、だけどなにも言えなくて、逃げるように目をそらした。
「げ」
視界に朝っぱらから嫌な奴らが入る。同じクラスの通称「三馬鹿」、アントーニョ、フランシス、ギルベルトだ。こっちに気づくな、と念じたのが仇になったのか、あっさり見つけられてしまう。
「あっれー、カークランドちゃんじゃん」
殴りたいようなにやけ面でフランシスが言った。うるせえ、その無精ヒゲ剃ってから一昨日来やがれ。
「お前にも一緒に登校してくれる友だちがいたんだな」
黙れギルベルト。お前だってこの二人以外は、特に友だちいないくせに。
「自分ら、付きおうとるん?」
にらみつけられていることも知らないような、のほほんとした顔で尋ねられた。
頭が真っ白になる。それからものすごい恥ずかしさに見舞われて、それが大声になった。
「違うわよ! 菊は弟みたいなものだから、お姉さん代わりとして、心配で一緒に登校してあげてるだけ! ……あ」
――やっちゃった。
ぎくしゃくと彼を見ると、ただでさえ伏し目がちな瞳をさらに暗くしていた。長年の付き合いで落ちこんでる気配が伝わってきて、原因のくせに胸が痛くなった。
「そういうわけだから! じゃあね!」
逃げるなんて卑怯だと思ったけど、いたたまれなくて、早足でその場を立ち去っていた。彼をその場に残したまま。
お昼はいつも菊と一緒に摂っている。場所は図書館のベランダ。陽射しも雨も入ってこない上に人目にもつかなくて、隠れ家っぽい感じ。
朝のことが気にかかって、気分が鉛みたいに重い。もしかしたら来てないかも、と不安でたまらなかった。
予想は外れて、彼はちゃんといつも通りに来ていた。姿を見つけてほっとしたけど、謝らなくちゃ、と気づいて緊張してしまう。
「あの、ね」
「はい?」
背筋を伸ばしかけた。でも身長のことを思い出して丸める。ポーズのせいか、ちょっぴり気分も卑屈になる。
「お弁当、おいしい?」
「ええ」
差し上げます、とエビフライをご飯の上に渡された。やったー、菊のお母さんの揚げ物ってさっぱりしてておいしいんだよね。
って、違うだろ、私。
「ねえ!」
「なんですか?」
ごめんなさい。たった六文字くらい言えるはずだ。なにをためらうことがあるのよ。
「ご、ご……ご飯はよく噛んでね」
「分かってます」
ホント、ダメダメだ。口を開くたびに、全然違う話題を出しちゃうなんて。
――ああもう、私のバカ。
本当に大切な言葉はいつだってためらう。なのになんで、心にもないことだけは簡単に言えるんだろう。素直にならなくちゃいけないのは分かってるのに。
はぐらかすネタはすぐに尽きてしまって、二人で無言になる。どうしよう。どうしよう。あたふたしていると、彼にまっすぐ見つめられた。
「私は弟なんですか」
うわ、直球。
「あ、えっと、その」
せっかく向こうから話題を切り出してもらったくせに、しどろもどろになって言葉が出ない。
――しっかりしろ、私! 勇気を出さなくちゃ!
「私は、菊のこと、」
弟だなんて思ってない。隣にいるとすごくドキドキするし、よく見られたくて何十分だって鏡とにらめっこするし、今だって嫌われたくなくてすごく怖い。
自分の気持ちは分かるけど、それを言葉にできなくてはがゆい。早く言わなきゃ、余計に誤解されちゃうだけ。焦るほどに空回りする。
肩をつかまれて、身体がはねた。表情の変化を見逃すまいとするように、黒い瞳が私をとらえる。迫力に負けて目をつぶった。
気配が近づいてくる。距離は縮まって、やがてゼロになる。唇に、やわらかな。
――え?
呆然と目を開けると、顔が離れていくところだった。
「貴方につり合う男になります」
肩に力がこめられる。まるで強ばりをほぐすみたいに。
「貴方を見下ろせるくらい、大きくなります。だから」
軽く背を叩かれた。反射的に背筋が伸びる。
「だから、かがんだりなんかしないで、私の隣でも、背を伸ばしていてください。そうしている貴方が、私は好きです」
「……」
言葉は出なかった。代わりに、涙が出た。手のひらで顔をおおったら抱きしめられて、彼の肩口にうずもれるようにして泣いた。
「す、き」
しゃくりながら言うと、うなずきの代わりのように、背中をさすられた。
――好き。好き。大好き。菊が、私の一番。なによりも大切な人。
放課後は彼と一緒にコンビニに行って、牛乳を買った。
……手は、ずっとつないだまま。
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09/08/21