恋愛会議はじめます!



 申し訳なさそうな表情で入ってきたメイドは深く頭を下げ、会議の開始時刻がまた一時間延びたことを告げた。
「ヴェ〜、気にしないでよ」
 お気楽に言ったのはイタリアだ。紅茶を飲み干したハンガリーも、にこりと柔らかな笑みを浮かべる。
「そうよ、貴方が悪いんじゃないんだから」
 二人に続いて、その場にいた者たちも口々に労いや慰めを言った。泣きそうなほどにほっとした様子でメイドは控室を出て行く。
 今日は、各国が一堂に会する世界会議の日だ。
 それなのになぜ女性国家が控室で待たされているのかと言えば、限度を知らぬ男性国家のとばっちりだと言う他ない。
 一番乗りを狙うイギリスが早朝から会場に現れ、珍しく気合いを出したフランスとかち合い、くだらない言い合いをしているとロシアも到着、笑顔でコルコルつぶやき出したのを見てラトビアが失神、……まあ、あれやこれやの末にスプリンクラーが発動して会議室がびちょびちょの水浸しになってしまったのだ。
 もちろんそのままで会議は始められない。罰として男性国家が会議室の掃除にあたることになった。
 その間、女性国家は数名に分けられたグループごとに控室で待機である。これが事の顛末(てんまつ)だった。
 ちなみにここにいるのは、時計回りに、ハンガリー・イタリア姉妹(ヴェネチアーナとロマーナ)・セーシェル・スラブ姉妹(ベラルーシとウクライナ)・リヒテンシュタインの七人だ。
 最初はぎこちなかったが、三人いるだけで姦(かしま)しい女性がその二倍強もいるのだから、賑やかになるのは早かった。
 今昔や洋の東西を問わず、女性が盛り上がる話題というのは決まっている。お菓子に、服に、それから。
「まゆげ野郎のせいですみません……」
 言いながらセーシェルはうなだれた。彼女はこの件にまったく関係ないのだが、恋人の不始末が心苦しいのだろう。
「大丈夫ですわ、そう気落ちなさらないで下さいまし」
 リヒテンシュタインがおずおずとフォローする。胸から怪音を出しながらウクライナもうなずいた。
「そうだよー。それより、二人は付き合ってたんだ? 私、知らなかったなぁ」
 その一言から、女が一番燃える話題――恋バナが始まった。
「ねえ、どっちから告白したの?」
 興味津々の質問は、セーシェルの褐色の肌を色づかせた。羞恥からではない。怒りからだ。
「いきなり『今日からお前は俺の恋人だ、光栄に思え!』ですよ!? ムードもへったくれもありゃしねえ!」
 聴衆の視線が憐みのそれになる。セーシェルはみじめそうに肩を落とした。
「一応、向こうからじゃん」
 イタリアが奇跡的に空気を読む。そうですね、とセーシェルは溜飲を下げたようだ。
「いいなー、私は自分からだったよ。おまけにドイツはびっくりしすぎで固まっちゃって」
 再び、「ああ……」と生ぬるい雰囲気になった。イタリアの恋人のドイツはお堅い男だ。いかにも色ごとに弱そうである。
「姉ちゃんは? そういえば聞いたことなかったや」
「私に振るなよ!」
 ロマーナはたじろいだ。話を流そうとするが、妹は手厳しく追及する。深く重いため息は、陥落を意味していた。
「私も、自分からだ。……でなきゃアイツが気づくわけねえだろ」
 三度、「ああ……」である。よく言えばマイペース、はっきり言ってKY、元・太陽の沈まない国ことスペインのラテン気質は周知の事実だ。
 へこんでいる姉妹の気をそらそうと、リヒテンシュタインは必死になった。優しく慰めているお姉さんポジションのハンガリーに目を止める。
「ご結婚なさってましたよね? どちらからでしたの?」
「え、私? 私は」
 ハンガリーは宙を仰いだ。眉を寄せて考えこむ。ときおり、「あれ?」とつぶやいて首をひねった。
 その間に新しい茶菓子が運びこまれ、不本意そうながらも、ロマーナは機嫌を取り直したようだ。
「私は、告白とかなかったかも。気がついたらお互いがお互いを好きだったから」
「私がオーストリアさんのところにいたときからそうだったもんね」
 リヒテンシュタインは青い瞳を細めた。細くもらす息は陶酔に満ちている。恋に恋をする年ごろの彼女にとって、それは正に理想通りのものだった。
 同じくうっとりしていた様子のウクライナだったが、先ほどから自分の妹が一言もしゃべっていないことに気づいた。
 様子をうかがえば、極悪犯もはだしで逃げ出すに違いない形相である。
「なぜだ」
 ダン! とナイフをテーブルに突き刺す。カップが浮き、中身をはね散らかした。
「なぜ告白して気持ちを受け入れてもらえるんだ。私だって、何度も兄さんに結婚を迫っているのに」
 そりゃあ、……ねえ?
 一同、こう思ったことだろう。ベラルーシの偏執的な愛は受け入れがたい。いや、受け入れてはいけない気がする。
 端から見ていてそう思うのだから、対象のロシアはさぞかし心臓の縮む思いをしていることだろう。
「私のなにがいけないんだ。兄さんへの想いはいつだってストレートに伝えているのに」
 そこがいけないのではないか。誰もがそう思ったが、口にはしない。
「まあまあ、ロシアちゃんにも色々あるんだよ」
 ウクライナが姉の貫禄でなだめる。この二人が姉妹であることは、国家の七不思議の一つだ。ロシアをさいなむという点では実にそっくりなのだが。
「自分の気持ちをストレートに、かあ」
 ベラルーシの右隣で、なにやら遠い目をしたセーシェルはため息をついた。
「あのまゆげもそうしてくれたらいいんですけどね」
「分かるよー、せーちゃん」
「分かってくれますか!」
 身を乗り出して二人は意気投合する。挟まれたロマーナはわずかに身を引いた。
「ドイツは照れ屋で、私が何回も『好き』って言ってハグしてキスして、それでようやく一回だけ答えてくれるもん。しかも、『俺もだ』だけ」
「ズルいですよね! 自分はさんざん言われておいて!」
 そこにベラルーシも混ざり、自分の気持ちに相手が答えてくれる割合についての話に発展する。テーブルの孤島と化したロマーナは黙って紅茶をすするのみ。
 まさかこの状況で、自分の悩みは恋人がTPOをわきまえずラブコールを送ってくることだとは言えない。さすがにそれくらいの空気は読めた。
 彼女の向かい側で、ウクライナとリヒテンシュタインとハンガリーの三人は顔を見合わせつつ、ヒートアップする議論に苦笑していた。
「早く社会になじんでほしいくらいかな」
「私は、お兄さまにあまり頑張りすぎてほしくありませんわ」
「オーストリアさんって優しいから、ときどき不安になるのよね」
 盛り上がる三人に聞けば、きっと贅沢な悩みだと言われるだろう。だが、なんだかんだで彼女たちはのろけてもいるのだ。
 その証拠に、「別れたい」とは一言も出てこない。
「でも、幸せなこともありますわ。お兄さまの描いた絵を切手にするときは、特に」
 純真な言葉を聞き、議論中の三人はややバツが悪そうになった。
 あら探しはたやすい。だが、そればかりなら、どうして付き合っていられようか。それが男女の仲の不思議な点である。
「そうだよね。ハグとかキスしてもらうとすごく幸せだもん」
「紅茶を淹れれば、さすが大英帝国というか」
「ピアノを弾いてもらってるときは、嫌なことも全部忘れちゃう」
「トマトの収穫は……なかなか悪くない」
「くそドアノブをぶち壊して、ようやく兄さんの家に入ったときの喜びは言葉では表せない」
 それぞれが幸せを感じているのは確かだった。最後の一つは、相手側も幸せかどうかは保留するとして。
 幸福の甘さがその場を満たしたとき、メイドが再び部屋に入ってきた。
「お待たせしました。会議が開始されます」
 七人は立ち上がった。控室では友人でも、会議では利害をぶつけ合う敵になる。テーブルに刺さったままのナイフが、鈍い輝きを放った。


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20000ヒット企画リクエスト「女の子たち(女体化含む)で恋バナ」
09/08/31