ある昼食の風景
書類に目を通し、署名や訂正をしていると、ドアがノックされた。
「入れ」
「失礼いたしまーす……」
入ってきたのはイタリアだった。スープやパンの載ったトレイを持っている。この家に久しぶりに帰ってきたときと同じように。
そのあとに続いたあれやこれやを思い出して、顔が熱くなるのを咳で振り払う。
「どうしたの、風邪?」
トレイを執務机に置くと、首をかしげながら俺の顔をのぞきこんでくる。瞳に映っている俺が身をのけぞらせた。
「なんでもない。……それはなんだ」
トレイを指差すと、これはね、と明るかった顔を曇らせる。
「お昼が過ぎてるのに、神聖ローマったら、なんにも食べないんだもん」
「もう昼過ぎなのか」
仕事をはじめてからそんなに経っていないと思っていただけに驚いた。言われてはじめて空腹に襲われる。
「お前は食べたのか?」
「うん。だから全部食べていいよ」
そう言われても、うらやましそうな顔をされると食が進まない。彼女の大食いぶりは小さいころからよく知っている。
「食うか?」
スープをすくったスプーンを彼女の口に近づける。
「いいの? ありがとう、今日のおいしかったから、また飲みたかったんだ」
彼女は嬉しそうに口を動かし、ごくんと飲みこむ。
おいしいと笑う様子がたまらない。何度見ても飽きることがない。胸があたたかくなる。
「イタリア」
腕を引き、ひざの上に座らせる。目を丸くした彼女の唇をふさいだ。舌を進入させると、スープの名残の味がした。
「ん、ぅ」
鼻にかかった高い声。あまりに愛しくてますます深くをむさぼる。満足する前に身体を押しのけられた。
顔を真っ赤にして、苦しげに肩を上下させている。
「息、できないよ」
「鼻でしろ」
「あ、そうか」
肩を引き寄せまた口付ける。ようやく満足できて顔を離す。
「無理……キスに集中しちゃってそれどころじゃない」
ああもう可愛い。自制が利かなくなりそうになる。だが酸欠で殺してしまっては意味がないので、きつく抱きしめておくに留めた。
髪の中に手を入れ、さらさらこぼれる感触を楽しむ。
「ねえ、神聖ローマ」
俺の胸にもたれて、イタリアが口をひらいた。
「なんだ」
「不思議なことがあったの。聞いていい?」
顔を上げて俺を見る。瞳に見とれて返事を忘れるところだった。
「言ってみろ」
「食事、本当は別の人が運ぶ予定だったの」
「そうだったのか」
「うん。だけどたまたま私が通りがかったら、『貴方の方が適役ね』って言われて。ねえ、どういうこと?」
おそらく、その瞬間の俺の目は泳いでいただろう。
「……あー、それは、だな」
彼女には分からないのだ。今の俺たちの関係が、屋敷内の人間にはどのように見えているのか。
おそらくは――主(あるじ)と妾(めかけ)だろう。
夜にイタリアが俺の部屋に来ることを隠しているわけではない。彼女の朝の身支度を他の使用人にさせたこともある。誰も口に出さないまでも、皆が知っているのだ。
このことでなにかを言ってきたのはオーストリアだけだった。「彼女にも仕事があるのですから、翌日に差し支えない程度にしておきなさい」と言われたときは、さすがにこたえた。
事実、翌朝寝坊してしまうほどに激しくしていた時期があったので。
「俺たちの仲がいいことを知っているからだろう」
かなりぼかして答えた。あながち嘘ではない。レベルが違うが。
「恥ずかしいな」
恥ずかしいどころではなく、何回したかまで把握されている気がするが、それは黙っていた。もう行かないと言われるのは困る。
俺がイタリアの部屋に行っても構わないが、オーストリアはいい顔をしないだろう。
「でもおかげで、神聖ローマにたくさん会えるからいいや」
「そうだな」
スカートのすそから手を侵入させ、やわらかな太ももの皮膚を手のひらでなぞる。こらえるようにぎゅっと目をつぶるのがなまめかしい。すぐに呼吸が乱れてきた。
服の上から胸をつかむと、いやいやをするように首を振る。最初は全然反応しなかったのに大した成長ぶりだ。そういえば大きさも昔に比べればずいぶん増した。
「イタリア」
「な、なに?」
「夜、部屋に来い」
久しぶりに、とささやくと、彼女の身体が熱くなった。耳まで赤くなっている。
「嫌か」
「ヤじゃない、けど」
耳にささやかないで。耳をこすりながら言われて首をかしげた。
「神聖ローマの声のせいで、心臓が壊れちゃいそうになるの。ドキドキするから」
我慢できるわけがない。そのまま執務机の上に押し倒した。
その瞬間、腹の虫が鳴いた。
「お腹空いてるなら、こんなことしてる場合じゃないよ」
こんなときだけ仕事に忠実になるイタリアは、パンを俺の口に押しこむ。やりきれない気持ちでそれを飲みこんだ。
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20000ヒット企画リクエスト「『明日の女神』(R18)の続きで甘甘(健全)」
09/09/30