胸にはぬくもり



「ドイツー!」
 イタリアは笑顔を浮かべて、ドイツの背中に抱きついた。
「……」
 抱きつかれた彼女はひたいに手を当てる。大きくため息をつき、腰に巻きつく腕をつねった。
「いたっ!」
 彼は涙目になりながら、赤くなった場所に息を吹きかける。それでも懲りずに再び腰へ伸びてくる手を叩き落とし、ついでに頭を軽く小突いて、彼女は言った。
「私が今なにをしているか、分かるか」
「書類整理でしょ?」
 答えはあっけらかんとしている。それが感情を逆撫でした。
「分かっているなら邪魔をするな! 終わるまであっちで待ってろ!」
 勢いよく指差した先にはソファーがある。そのまま泊まりこむこともできるように、大人一人くらいなら余裕で横になれる大きさだ。
「ちぇー。ドイツったら堅いなぁ」
「お前がゆるいんだ」
 しぶしぶ、という様子でイタリアはソファーに座った。黙ってじっとしていられる性分ではないので、すぐに大声で鼻唄を歌い出した。
「……イタリア」
 短い呼びかけにも、彼はパッと顔を輝かせる。
「終わったのー?」
「うるさくて集中できないから黙ってろ。できないなら出てけ」
 我ながら、かなりきつい口調だった。彼はしゅんと肩を落としたが、それでも部屋を出ない。ソファーに全身を預け、大きく深呼吸した。まぶたを閉じた三秒後には、すやすやと寝息を立てている。
 彼女はあきれ混じりのため息をつく。だがこれでようやく静かになったと、頭を切り替えて書類にペンを走らせた。

「……はぁ」
 そうして数時間後、最後の一枚にたどり着く。フィナーレを飾るのに全くふさわしくない案件だった。すっきりしない。
 腹いせもこめて、バカ丁寧にサインを綴る。万年筆のキャップを閉じ、伸びをした。一瞬視界が白くなり、だらんとした疲労が落ちてくる。
 肩が痛い。元々胸が大きいせいで凝りやすいのに加え、溜めに溜めたデスクワークがとどめを刺している。とにもかくにも、さっさと横になって休みたい。
 椅子から立ち上がり、ソファーに向かう。そこではイタリアが眠り始めたときと変わらない姿勢で眠っていた。
 口をむずむずさせているのは、なにか食べ物の夢でも見ているのだろう。実にお気楽なその寝顔に、叩き起こす気が失せた。なんだかんだで彼には甘い。
 隣に座ると、スプリングがかすかにきしんで彼女を受け止めた。身長がそんなに変わらないので、彼の肩は枕にするのにちょうどいい位置にある。
 彼女は遠慮することなく、彼の肩に頭を預けた。寝息が一瞬途切れたが、また元に戻る。イタリアはめったなことで起きない。
 眠っているせいか、体温は高い。ほんのり汗ばむくらいだったが、離れる気にならなかった。
 こんな風にしか、甘えられない。
 自分の気持ちを表すのが下手だ。温もりを伝えるのが下手だ。それができる彼が、いっそ目障りなくらいにうらやましい。
 そのせいか、ときおり、きつく当たってしまう。まるで子どものかんしゃくだ。すまないとは思うのだが。
「……ドイツ」
 名を呼ばれてぎくりとする。思わず彼の顔を見たが、まだ眠りの中にいた。ただの寝言だったようだ。
「まったく」
 愚痴るようにつぶやいて目を閉じた。
 それでも、なぜか、胸があたたかい。


↑20000ヒット企画に戻る

↑特殊系目次に戻る

↑小説総合目次に戻る


20000ヒット企画リクエスト「伊独♀」
09/11/12