彼女と口紅
自分が女らしくないことは、よく分かっている。イタリアの瞳に映る自分を見ながら、ドイツはため息をついた。
髪を短くしたのは、少しでも自分から女の気配を消したかったからだ。そうでなければ、とうてい、男ばかりの前線には溶けこめなかった。
一度そうしてしまうと変になじんでしまって、戦いなどない今でも伸ばさずにいる。おそらく、今以上に長くなることはないだろう。
「だけど、せっかく綺麗な髪なのに」
髪を指に絡め、なぜか泣きそうな顔をして、イタリアが言った。指先の動きは繊細さと慎重さに満ちて、いつだってくすぐったい。
「髪の長い女が好きなら、他にいっぱいいるだろう」
嫉妬ではない。ただ悲しかった。彼には、花のように可憐でやさしげな女が似合う。ハンガリーとか、リヒテンシュタインとか。
「そんな意味じゃないのに」
頭では分かっている。だが、卑屈な心はだんまりを決めこんだ。
寝返りを打って顔を背けると、後ろから抱きしめられる。肌を感じると身体が熱くなるのは、それでもドイツが女だからだ。
「俺は、ドイツがいい」
その言葉はとても綺麗でやさしい。だからこそ、すがるのが怖い。
「……」
彼に見つめられているのを感じる。だが、振り返る勇気は出なかった。
「プレゼントがあるんだ」
そんなやり取りから数日後、彼が差し出したのは小さな箱だった。
「いきなりなんだ」
「いいからいいから。開けてみて」
開けてみた。……手のひらほどの、小さな、黒い円筒状のものが入っている。
「なんだこれは」
「口紅」
「はぁっ!? 私は、こんなもの」
押し返そうとすると、彼はさっさと口紅を開けて、塗ろうとする。「失敗すると落ちないよ」などと言われなくてもそれくらい分かっているので、仕方なくじっとした。
「……」
「よし、できた」
できた、と言われても、彼女本人はそれを見ることはできない。唇がむずむずする。
「なんでいきなり口紅なんか」
「ドイツに似合うだろうな、って」
「そんなこと」
うつむいてしまう彼女のあごをすくい上げ、彼は真っ正面から見つめてくる。
「俺にはさ、ドイツが世界一の美人に見えるよ。髪の長さなんて関係ない」
言葉を失っているスキに、唇がふれ合う。
「ねえ、俺に会うときはいつもこれ、塗ってきてよ。それで、ちょっとずつ返して」
彼の顔がにじんだ気がした。すぅ、と息を整える。
「……セコいな」
「ドイツが好きだからだよ」
笑う彼の唇には、口紅が移ってしまっていて、つられて笑ってしまった。
↑特殊系目次に戻る
↑小説総合目次に戻る
10/01/01 初出(チャット)
10/02/27 改稿再録