「ありがとう」って、何度も。
「お二人とも、映画はお好きですか」
「ヴェ?」「ん?」
夏は日本んちに来て三人で過ごすのが、いつの間にか定番になってた。自分ちのことで忙しいときとか、都合が合わなかったとか、色々あって来れなかったこともあるけど、ほとんど毎年。
私やドイツの家に比べると湿気が多くて暑い気候は、バテちゃうから苦手。だけど、花火とかお祭りとか打ち水とか風鈴とか、さりげないのにすごく綺麗な夏の風物詩は大好き。
それに、三人で夕日を見ながら縁側でスイカを食べたり、ご飯つくったり、銭湯に行ったりするのも楽しい。あとそれから、お祭りで浴衣を着せてもらうのも! くしゃくしゃにならないように歩くのは大変だけどね。
ドイツも、会議のときはいつも眉に寄せてるシワが消えて、リラックスしてるみたいなのが見てて分かる。いつも以上にやさしくしてくれるのもうれしい。
「映画? 大好きだよー! 音楽とか映像とか衣装とか、綺麗だから見てて楽しいし」
「俺も、別に嫌いじゃないが」
「ならよかったです」
ちょっと待っててください、って言い残して、日本は一旦部屋の奥に入っていった。戻ってきたときには、手に白い封筒を持ってた。なんだろ?
「実は、アメリカさんの家の映画の製作に少しばかり関わったんです」
「あ、聞いたことあるー! 日本ちのマンガが原作とかって」
「ご存知でしたか。お礼にと、その映画のペア券をいただいたんです」
日本は封筒の中身を取り出して私たちに見せてくれた。さっき言ってたチケットだった。
「これは差し上げますから、お二人でご覧になってきてください」
「お前は見ないのか?」
「私は試写会で見ましたから。誘う相手もいませんし、この年になると座りっぱなしは腰に来るので」
「でも」
「どうぞお二人で楽しんでいらしてください。帰りは遅くなってもかまいませんから」
ごほん、となぜかドイツが咳をした。頬がうっすら赤くなってる。どうしたんだろ。
「一緒に行こうよ。日本の分は買えばいいんだし」
日本を置いてくなんて。そう思ってたら、意外なことを言われた。
「お二人の邪魔をするのが、大変忍びないんです」
「え?」
ドイツがものすごい勢いでむせた。今はもう、耳まで真っ赤だ。
「私の前では、仲よくなさるのを控えていらっしゃるようですから」
「だってドイツがそうしろって言っ――んむっ」
いきなりドイツに口を押さえられた。事実なのにー。
いつでもどこでも誰がいても、私はハグとかキスとかしたいけど、ドイツはすごく嫌がる。日本の前では特に。ハグしただけなのに「責任取ってください!」って言う日本に叱られるって思ってるのかな?
だから、こっちに来てるときはいつも、日本の見てないときにキスしてる。こそこそやるからなんとなくやましいのに、いつもよりどきどきする。肩とか腰とか、服越しでもさわられただけで気持ちよくて。
想像しただけで身体が熱くなる。口をふさぐドイツの手の大きさに胸がきゅんとした。
「俺はただ、日本に不愉快な思いをさせないようにと」
聞き捨てならない。手のひらに軽く噛み付いて口を自由にした。
「ドイツは私とキスするの、不愉快なの?」
日本ちにいるときにキスをねだるのは確かに私の方だけど、日本の足音がふすまの向こうに聞こえるぎりぎりくらいまで引っぱるのはドイツの方だ。
「そんなことは……、って、そういう問題じゃないだろう!」
「じゃあどういう問題なのー?」
困りきった顔が私と日本を見比べて、大きくため息をついた。
「そういうわけですので、私にかまわず、思う存分仲よくなさってきてください」
どうする、って視線をドイツが向けてくる。きっと私に合わせてくれるつもりなんだろう。
それなら、日本にはちょっと悪いなって思うけれど。
「映画、見に行きたいなー」
「わかった。……と、いうわけだ」
「はい。どうぞお使いください」
ドイツがチケットの入った封筒を受け取る。
「ありがとう、日本!」
「すまない」
「いえいえ。私の方も、受け取っていただけて助かりました。捨ててしまうのはもったいないですからね」
「いっぱいいっぱい楽しんでくるね!」
「はい」
早起きはものすごく苦手なのに、デートの当日はすぐに起きれた。っていうより、あんまり眠れなかった。わくわくしすぎて。
顔を洗って、眠い目をこすりながら居間に向かう。あくびしてふすまを開けた。
「おはようー……」
ドイツと日本はもう朝ごはんを食べてる。みそ汁のいい匂い。
「お前がこんな時間に起きてるのはめずらしいな。おはよう」
「おはようございます。ご飯の用意をしますね」
日本は台所に行ってしまった。座りながらうとうとしてたら、ドイツがなにか言った。眠くてよく聞こえなかったけど。
「ごめん、もう一回言って」
「大丈夫か? 寝不足のようだが」
クマができてる、だって。目の下をこする指先があったかくてやさしくて、自然と笑顔になる。
「平気。ご飯食べたら元気出る」
「そうか」
「あと、もう一つ、ドイツがしてくれたらもっと元気になるよ」
「なんだ」
「キスして」
ドイツはため息をついた。だけど、両手で私の頬を包んでくれる。そして、ふれるだけのキスが何回か。物足りないのに、それでおしまい。
「もっとー!」
文句を言ったら、頭をなでられた。
「今日はいくらでもできるだろう」
「……うん」
なんでかな。ドイツと一緒に出かけたりキスしたりするのは何回もしてきたのに、初めてみたいに緊張してきた。落ち着かない。
日本が持ってきてくれた朝ごはんも、香りとか味がよくわからない。たぶん、ものすごくおいしいんだろうけど。
食べ終わって、服を選ぶのに時間がかかった。昨夜で決めてたのに、今朝になって見たら、なんだかピンと来ない。
ボトムはパンツじゃなくてスカートがいいかも。それなら上も、シャツじゃなくてこっちのチュニックの方が。……ダメ、これじゃちぐはぐ。
忙しく服をとっかえひっかえして、結局、昨夜選んだコーディネートに決まった。迷った時間はなんだったんだろ。
「イタリア、まだか」
「今行く!」
あわてて着替えたら後ろ前で、余計なロスタイム。あきれた顔のドイツにちょっとお説教を食らって、どうにか出発した。
何回も来てるけど、やっぱり日本の夏は暑い。帽子かぶってるのに頭がじりじり焼けてく気がする。汗がじわっとわき上がる。
「あっつーいー」
そう言ったら、いきなりドイツが立ち位置を変えた。背の高いドイツの影に入って、楽になる。
「ありがと」
「いや」
照れてるみたい。手をつないだらびくっとされたけど、振り払われることはなくて、なんだかにやにやしてしまう。
指先が熱いのはどっちなのかわからなくなるくらい、手を握りしめた。
映画は笑いあり感動あり涙ありで、すごく楽しかった。エンドロールを最後まで見て、明るくなってきたところでため息をつく。
息をつかせない展開だけじゃなくて、映画館ならではの迫力ある映像と臨場感たっぷりの音楽もすごくよかったけど、ちょっぴり疲れた。
映画を見終わったあとはどうしていつもこうなんだろう。すぐ帰ってこれない。頭はまだ、物語の中をふらふら。
「行くぞ」
「うん」
なんとなく足取りがおぼつかない。ドイツの腕にしがみつく。外に出たら一番暑い時間帯は過ぎていて、昼下がりの涼しい風が吹いて気持ちよかった。
「どうしようか、これから」
「帰るには早いな。どこか寄るか?」
「じゃあ服買いたい!」
「……お前、こっちに来てからもう三回くらいは買ってるだろう」
「だって日本ちの服可愛いんだもん。見てるだけで楽しいし。ダメ?」
見上げたら、ほどほどにしろ、ってお許しが出た。ドイツはこういうときはどろどろに甘やかしてくれる。訓練のときとかもそうだったらいいのに。
ブティックが並ぶ街角を、ゆっくり歩く。ときどきショーウィンドウの服に目を奪われて足を止めたり、そのまま店に入ってみたり、試着してみたり。
着替えてから試着室の外で待ってたドイツに見せてみる。腕組みをして難しい顔。
「お前はよく飽きないな」
「ドイツに『可愛い』って思ってほしいんだ」
見る見るうちに、ドイツの顔が赤くなった。お祭りで食べるかき氷のイチゴみたい。たぶん甘くないけど。
「どうしてこういうときだけお前は……っ」
「ね、可愛い? 可愛い?」
期待をこめて見つめる。思いっきり目をそらされて、なにかもごもご言った。
「なに?」
「……悪くは、ない、ぞ」
「もっとわかりやすく言ってほしいであります!」
「どうせ『可愛い』と言ったら『もっと言え』とか言い出すだろうお前は!」
「えっなんでわかったの!?」
前にも思ったけど、やっぱりドイツは私の考えてることがわかるのかもしれない。あんまり変なこと考えないようにしないと。訓練中の逃走計画とか。
すごく恥ずかしがるドイツから、なんとか「可愛い」って言葉を引き出す。物足りなかったけど、これ以上お願いしたら怒り出しそうだからやめといた。
喫茶店で映画の感想を語って、混んできたころに外に出たら、もう夕暮れ。トマトみたいな夕焼けだなあ、って思ってたらいきなりお腹が鳴った。慌てて押さえたけど、ドイツにはしっかり聞こえてたと思う。
「食べて帰るか?」
うん、って言いそうになって、日本のことが頭をよぎった。
今日こうしてドイツと二人でいられたのも、全部日本のおかげなのに。夕ごはんを外で済ませたら、結果的に、日本は一人でご飯を食べることになる。そんなの、さびしい。
だから、頭を振った。意外そうなドイツに、小さくささやく。
「夕飯の材料買って帰ろ。今日のお礼に、日本に、とびきりおいしいご飯を作りたいから」
そう言ったら、ドイツはもっと驚いた顔をした。そして、目を細めて笑う。
「俺も手伝おう」
「じゃあクーヘン作って!」
「おい、お前のためじゃなくて日本のためだぞ」
「日本だってドイツのクーヘン好きなんだから、いいじゃん」
「わかった。ただし、日本より多く食べるなよ」
「うっ、……善処します」
日本はどんな顔するかな。喜んでくれるといいな。
いっぱいいっぱい言うんだ。「ありがとう」って、何度も。
買い物袋を抱えて日本の家についたときはもう真っ暗だった。
チャイムを鳴らそうにも、二人とも手がふさがってるからできない。ドイツが地面に買い物袋を置く。チャイムのボタンを押すのかな、って思ってたら、肩に手が乗った。
「どうしたの?」
顔が近づいてきて、唇がふれる。びっくりしすぎて落ちそうになった買い物袋を、タイミングよく拾ってくれる。それも地面に置いたら、ぎゅっと抱きしめられた。
長くて深いキスだった。今日を濃縮したみたいな。
湿っぽい夜の風に、ほんのりとドイツの匂いを感じる。私の背中とか腰とかをなでる手のひらが熱くて、どきどきする。背中に手を回してしがみつくしかできない。
唇が離れて、視線を交えて、引き寄せられるみたいに、またキス。呼吸すら忘れてのめりこむ。
「ドイ、ツ」
自分の声がやけに甘ったるい。しょうがないな、みたいな様子で、また唇が重なる。だけどすぐに離れた。
「……日本が待ってるぞ」
かすれた声。そのままチャイムを押しちゃったから、これ以上は続けられない。だけど、身体にもぞもぞする感じが残ってて、どうしたらいいんだろう。
「ドイツ」
「なんだ」
「ヨーロッパに帰ったら、続き……」
恥ずかしくて消えたいような気分で言ったら、「わかった」って低い声がして、私の頭をなでてくれた。
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10/07/31 初出(お手紙企画)
10/09/18 再録