最後の誓約
「というわけだ」
「うん、おっけー」
今日はドイツが仕事の件で私んちに来てる。遊びにきたわけじゃないのが残念だけど、終わったら思う存分ハグしよって思ってがんばってる。もちろんキスも。
だけど、やることがいっぱいでなかなか覚えられない。
ええっと、明後日までに報告書に目を通して、三枚めに上司のサインをもらって、それからそれから……。
「ヴェー、やること多すぎるよー。覚えきれない」
「なら、メモしておけ」
「そっか、ドイツ頭いい!」
褒めたのに、なぜかドイツは大きくため息をつく。なんでだろ。
それはともかく、忘れないうちにメモしなくちゃ。ペン立てから適当な鉛筆を取り出して書こうとしたら、待ったが入った。
「なんだその鉛筆は」
「え? 普通のだよ?」
なにがいけないのかさっぱりわかんない。首をかしげたら、ドイツは目をつり上げた。うわ、また変なスイッチ押しちゃったみたい。
「先が丸まりすぎだぞ! そんなので文字が書けるか!」
「えっえっ」
「削れ! 今すぐにだ!」
反射的に敬礼をしていた。左手で。
「りょ、了解であります、たいちょー」
うわぁ、なんか枢軸の同盟を結んでたころみたい。ちょっと懐かしい。けど怖い。
電動の鉛筆削り器に鉛筆を差しこんだ。低い音を立てるはずなのに、うんともすんとも言わない。コンセントは刺さってるのに。
「どうした」
「壊れてるみたい」
ドイツは手動の鉛筆削り器を使うように言ったけど、それはうちにないと嘘をついた。正直、そこまでするのは面倒くさい。
これでもうこの話はおしまいになるはず、そんな私の想像は甘かった。
ドイツはドイツだ。目的を達成するためなら、どんな努力もいとわない。
「カッターはあるか」
「あるよ。あれ」
鉛筆と同じペン立てにある。指差すと、ふむ、とドイツはうなずいて、ゴミ箱を引き寄せた。え、もしかして。
その「もしかして」で、かちかち音を立てて刃を出すと、それを鉛筆に当てて削りはじめた。木のくずがパラパラ落ちる。
「そこまでしなくていいよ〜」
「ダメだ!」
あわてて言っても、変な使命感に目覚めたドイツは聞く耳を持たなかった。健康になるために、日本と食事制限をしてたときみたい。なんでドイツって極端な方向に走るんだろ。
手動のもあるよ、なんて今さら言えない。かといって自分で削るのは怖い。指、切っちゃいそうだし。
ここは成りゆきに任せることにして、ドイツの太い指先を黙って見つめた。見かけからは意外なくらい器用にとがらせていく。
「あんまり削りすぎないでね。折っちゃいそうだから」
「ああ」
カッターを動かすたび、黒い粉が舞う。色鉛筆だったらすごく綺麗なんだろうなあ、なんてぼうっとしている内に、鉛筆は細くなっていた。その代わりみたいに、ドイツの指先が黒くなってる。
「拇印(ぼいん)押せそうだね」
「やってみるか」
「うん」
適当な紙に指を押しつけると、くっきり指紋が浮かび上がった。
「おおっ。ついでだから、サインもしちゃおうよ」
「どんな『ついで』だ」
ドイツは呆れてるみたいだったけど、きっちりした字体で名前をサインしてくれる。そこだけ見ればなにかの書類みたい。ちょっと旧式だけど、ドイツらしい。
そういえば、なんで鉛筆を削ることになったんだっけ? ……ま、いっか。
「手を洗いたいんだが」
「じゃあトイレに行けばいいよ」
「そうだな」
部屋を出ていく背中を見ていたら、ひらめいた。今日の日付を書いて、紙の一番上に「誓約書」と書く。
「『私、ドイツは以下のことを誓います』、と。うーんと」
「イタリアにパスタを好きなだけ食べさせます」、「イタリアにジェラートを好きなだけ食べさせます」、「イタリアが白旗を作っていても怒りません」、そんなことをずらずら書いて、最後に一行ぶんのスペースが空いた。
ドイツに誓ってほしいことってなんだろ。
「そうだ」
なんとなくこそばゆい気持ちで最後の一行を埋めると、部屋に戻ってくるドイツの足音が聞こえた。
ドイツは誓約書を見たら、なんて言うんだろ。絶対怒りそう。
だけど、最後の一行だけはきっと必ず約束してくれる。すごく照れながらうなずく姿が想像できて、今から幸せな気持ちになる。
最後の誓約は、「イタリアを永遠に愛し続けます」。
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09/11/28 初出(「No.077」に収録)
13/09/04 改稿再録