秘密の荒療治



 「そのこと」に気づいたのは唐突だった。
 目覚めると、いつの間にか隣でイタリアが寝ているのにはもう驚かない。もはや日常的な光景となってしまった。
 むしろ、彼女と恋人になってからは、うれしさを感じるようになっている。朝日を浴びてきらめく栗色の髪や伏せられた長いまつげは、ずっと見つめていても飽きない。
 (性的な意味ではなく)寝ること自体はかまわない。だが、彼女の習慣には困らされた。開放的でおおらかな南方育ちの彼女は、なぜか寝るときに裸になるのだ。
 ただの友人だったころは女性に免疫がなかったので、朝っぱらから目に毒な小麦色の柔肌にかなり心をかき乱された。下心と戦ったのは一度や二度ではないが、それでもすぐに理性を取り戻し、彼女を叩き起こして小一時間ほど説教をした。
 もっとも辛かったのは、恋人になっても性的な関係を結んでいなかったころかもしれない。手に入れようと思えば叶う。だが、それは愛する彼女を傷つける。愛しているから欲しいのに、愛しているからこそできない。そんなジレンマに頭を悩ませた。
 何度も何度も、口を酸っぱくして言い聞かせてきた。勝手にベッドに忍びこんで隣で寝るのは百歩、いや一万歩譲って認めてもいい。だがしかし、服だけは着ろ。俺は男で、お前は女なのだから。
 怒りながら、あるいは冷静に、あるときはもはや懇願するように繰り返してきたが、イタリアはまったく反省しなかった。その場では了承するのだが、次はまた全裸で潜りこんでくる。
 そんなことが何回もあるので、ついに堪忍袋の緒が切れて怒鳴ると、「私のこと嫌い……?」と涙でうるんだ上目遣いで見つめてくる。
 ずるい。卑怯だ。許さないはずがない。そんなことの繰り返しだった。
 だが、今は。
 イタリアの肩にはロングキャミソールの細いストラップがある。丈は膝上十センチくらいあるため、蠱惑的なラインを描く胸や美しくくびれた腰はしっかりおおわれている。白い薄手の生地なので多少は透けるが、全裸よりはずっといい。
 「そのこと」に――つまり、彼女が全裸で寝ることがなくなっていることに、今、ようやく気づいた。
 それがいつからなのか思い出そうとしたがよくわからなかった。あれほど言っても聞かなかった彼女に、一体どんな心境の変化があったというのだろう。不思議すぎる。
 探るようにじっと見つめていると、閉じられていたまぶたがぴくっとふるえた。やがて、重たげにひらかれる。
「どい、つ……?」
「おはよう」
「……おはよう〜……」
 まだ夢の中にいるように、イタリアはあどけない笑みを浮かべる。それを見ると、先ほどまでの疑問など、一瞬でどうでもよくなるのだった。


 忘れ去られた疑問が解決されたのは、それから数日後のある夜のことだ。
 その夜はイタリアと外出した。平たく言うならデートである。場所は、味だけでなく雰囲気やサービスなども最高だと評判のレストランだ。
 グルメなイタリアが絶賛するほどのディナーのあとに、気を利かせた店が用意したワインで乾杯した。このワインがまた絶品だったので、二人とも少々飲みすぎてしまった。
 帰り道、かすかにふらついているイタリアを引き寄せると、彼女は照れくさそうに笑って甘えてきた。無防備な表情やしぐさを見せられて、ただでさえ酔って鈍った理性がぐらついた。
「……イタリア」
「ん、なぁに?」
「今夜は、泊まっていかないか。俺の家に」
 その言葉が婉曲になにを伝えるのか、イタリアが知らないはずがない。その証拠に、ただでさえうっすらと色づいた頬がますます紅を増す。
「……ん」
 小さな手がドイツの手を握りしめた。

 バスルームから出てきたイタリアは、いつになくきっちりとバスローブを着こんでいた。
 どうせ脱がせるのに、というじれったさと、脱がせる楽しみもあるな、という興奮がないまぜになる。どちらかと言えば後者が強い。
 ベッドに二人並んで腰を下ろして、近くにいるのに気恥ずかしくて目を合わせられない。もの慣れるほど回数をこなしたわけではない。まだ数えるほどだ。
 ドイツの手にイタリアの手が重なる。はっとして顔を向けて、ようやく目が合う。はにかむ彼女のひたいに口づける。ふふ、と喉の奥で笑う声が、頭をじわじわとしびれさせる。彼女の唇が頬にふれる。
 お互いに相手の顔のありとあらゆる場所にキスをして、少しずつ距離を詰めていく。まるで退路を絶つように。……逃げる気など最初からないが。
 バスローブごしに肩にふれて、胸にふれて、腰にふれる。布越しでも身体のラインを知ることはできるが、直接ふれて堪能したい。そうすることで得られる快楽を知ってしまった。
 だが、帯に手をかけるなり、イタリアが身をよじった。弱々しく首を振る。
「だめっ……」
 ひやりとする。性急すぎただろうか。もっと気分を高めてからの方がよかったかもしれない。
 混乱と後悔で動きが固まってしまう。そんなドイツの様子に気づき、彼女は焦ったように言う。
「ち、違うんだよ。嫌なわけじゃなくて、ただ……その……」
 彼女は言葉を探すように瞳をさまよわせると、赤くなって目を伏せてしまう。そして、やっと聞き取れるくらいの声で言う。
「だから……ドイツに裸見られるの、恥ずかしくて……」
「今さらだろう」
 セックスの最中には舐めるようにイタリアの裸を見ているし、そもそも付き合う前には彼女が自分から裸でベッドに忍びこんで来たくらいだ。
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて! ……そうじゃ、なくて」
 イタリアは困ったようにドイツを見る。今や耳まで真っ赤だ。ここまで照れるのはめずらしい。そう思っていると、今度は赤くなったままむっとした顔をする。普段から温厚というかのほほんとしている彼女なので、こういった表情もまためずらしい。
「……だって、ドイツがえっちな目で私を見るから! だから恥ずかしくなっちゃうんじゃん!」
「は?」
「ドイツ、えっちなことしてるとき、スッゴいギラギラした目してるよ。いつもとはぜんぜん違う目」
 そう言われても、鏡を見たことがあるわけではないし、意識的にやっているわけでもないので困る。
 だが、いつもとは違う目になっているのだろうな、とは思っている。行為の最中、獲物を貪る獣のような気分になったことは一度や二度ではない。
 それに、そんなときには彼女はおびえたような顔をしている。それにますます煽り立てられるとも知らずに。
「ドイツがそんな目をしてるのが、ドイツが知らない人になったみたいで……なんか、少しだけ、……怖いし、恥ずかしい」
「俺にはそんなつもりはないんだが……」
「それはわかってるんだけど。でも、恥ずかしいよ……」
 イタリアはドイツの胸に顔をうずめた。
「付き合う前から、私が裸でドイツのベッドに行ったらドイツがそういう目をするなぁとは思ってたんだけど。それがそういう意味だってわかったら、もう恥ずかしくって……」
 少し顔が熱くなるのを感じた。言い訳がましく弁明する。
「俺は健康な男なんだ。全裸の女が隣に寝ていたら、多少の下心を引き起こされてもしょうがないだろう。……手を出さなかったことに感謝してほしいくらいだ」
「それは、今ならよーくわかるんだけど……。だから、最近はちゃんと服を着るようにしてるじゃん」
 意外な流れで、謎が解けた。しかし、あまりうれしくない。わけもなく背中をさすってやりながら、途方に暮れてしまう。
 いやらしいことをしているときに、いやらしい気分になるなというのは無理だ。絶対無理だ。断言できる。
 だいたい、そんな風になるのは彼女のせいだ。かわいらしく喘いだり、扇情的に身体をくねらせたり、恥ずかしがったり、おびえたような顔をしたりしなければ、こっちも興奮などしない。
 本当は、今にでも押し倒したいくらいだ。
「……こうなったら解決策は一つだな」
「え? あるの?」
「ああ、一応。荒療治だがな」
「なに?」
「……お前が慣れろ」
「え? それって……うひゃっ」
 有無を言わさず、イタリアをベッドに押し倒す。両手首を軽く押さえつけながら、バスローブの帯をほどいた。
「……今の俺は、そんな目をしているか?」
 直接肌にふれながら訊ねる。彼女は小さくうなずいた。
「い、今、ものスッゴくギラギラしてる……」
「慣れろ。……たっぷり見せてやるから」


 その翌日から、イタリアが再び裸で寝るようになった――かどうかは、神のみぞ知る。


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13/10/07