小夜啼鳥
昔むかし、あるところに、一組の婚約者たちがいました。
娘の名はエリザベータ、青年の名はローデリヒ。二人は一月後に迫った結婚式を心待ちにしていました。
そんなある日のことです。
二人が野原で散歩をしていると、晴れていた空が急に曇り、大雨が降り出しました。二人は慌てて大木の下で雨宿りをします。
「どうしたんでしょう、さっきまで晴れていたのに」
「分かりません」
彼は服を濡らしてしまった彼女に、自分の濃紺のコートをかけました。彼女は礼を言って袖を通します。
雨は次第に強くなります。雨を避ける時間が長引くにつれ、二人の会話も途切れがちになっていきました。
「あれ、なんでしょうか」
急に彼女は立ち上がり、雨の向こうを指差しました。彼は目をこらしましたが、なにも見えません。
「なにもありませんよ」
「いいえ、確かに見えます。まるで城のような。……私を呼ぶ、声が」
とつぜん、彼女は雨の中へと歩きだしました。止める彼が分からないかのように進み続けます。緑の瞳はうつろで輝きがありません。
彼は彼女が操られていることに気づきました。そして、風の噂に聞いた「悪い魔法使い」のことを思い出しました。
「しっかりなさい!」
彼女の腕をつかもうとした、その瞬間。
天空を引き裂く轟音とともに、彼の目の前で稲妻が落ちました。
目のくらむ閃光の中、見えたのは、隠鬱で堅牢な魔法の城、そして、小夜啼鳥に変わる婚約者の姿でした。
「エリザベータ……!」
そのまま彼は気を失い、目覚めたときにはすでに雨は止んでいました。
夢でないことを裏付けるように、彼にはコートがなく、そして彼女の姿もありませんでした。
彼は彼女を求めて各地を探し回りました。ですが、行方を知る者はいません。
その代わりに、道中では魔法使いとその城の噂が山ほど耳に入りました。
魔法使いは若い娘を鳥に変えてさらうこと、そして帰ってきた娘はいないこと、城が現れるのは大雨の落雷のほんの一瞬であること、男は決して入れないこと。
婚約者をさらわれた彼に対して、みな、同情と憐れみの目を向けました。ですが、誰も解決策を知らないのでした。
結婚式まで残り半月になったころ、彼は奇妙な夢を見ました。
夢の中の彼は赤い花を持っていました。ただの花ではありません。中心は白い真珠になっている、世にも珍しいものです。
その花の力か、男は入れないはずの魔法使いの城に入ることができました。そして花で一羽の小夜啼鳥にふれると、愛しい婚約者の姿に戻ったのです。
彼女をきつく抱きしめたそのとき、残酷にも夢は終わりました。
「今の夢は、一体」
まだ彼女を抱きしめた感触の残る腕を見つめ、つぶやきます。
夢の中で見た不思議な花は、鳥になった彼女を人間に戻しました。ですが、それはしょせん夢。それに、そんなものがこの世にあるはずがないのです。
彼は彼女の名残を捕らえるように、開いた手の平をぎゅっと握りしめました。
「夢でも構いません。……エリザベータを取り戻すためならば」
それから彼は毎日、夢の花探しに明け暮れました。寝る時間を惜しみ、赤い花を見れば駆け寄り、道行く人々に尋ねます。
努力もむなしく、花は七日経っても見つかりませんでした。八日め、失意の末にたどり着いたのは彼女と雨宿りをした大木です。
太い幹をそっとなで、彼は背中を預けて座りました。彼女と雨宿りをして、他愛ない会話をしたのがついさっきのようです。少し待てば彼女が戻ってくるような、むなしい幻覚さえ見えました。
「エリザベータ」
今はいない人の名をつぶやき、彼は目を閉じました。
木はざわざわと葉をゆらし、木漏れ日を投げかけます。光の小人がささやきながら踊るさまに似ていました。
自分でも気づかない内に眠っていた彼は目を開けました。強い風が吹き、黒髪をなびかせます。
風に乗って、なにかが膝の上に落ちました。拾ってみれば、それは夢に見たとおりの花でした。花びらは赤く、花芯は純白の真珠です。
申し合わせたように、にわか雨が降り出しました。彼は花を大事に持ちながら木の陰から飛び出し、雨粒を全身に受けます。
光と轟音が同時に響き、気がつくと城の目の前に立っていました。城は気後れする闇に満ち、彼を引きずりこもうとします。
扉を開けて中に入ると、そこには数えきれないほどの鳥かごで溢れています。
手近なかごから鳥を出して花でふれると、またたく間に少女に姿を変え、礼を言うと城から出ていきました。
次々にかごを開け、鳥を人の形に戻し、いつの間にか最後の一つになっていました。
真鍮の鳥かごを開けると、中にいた小夜啼鳥は自分から進んで彼の指に乗りました。可憐な声でさえずります。
鳥は茶色の背に濃紺のブチを持っていました。まるで茶色の髪を持つ少女がコートを着ているかのように。
彼は微笑み、花を鳥につけました。鳥と花は消え、後には泣き笑いする少女が残っています。
「ローデリヒさん」
「エリザベータ」
二人は腕を広げ、熱い抱擁をかわしました。
結婚式まで、そう遠くありません。
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