姉弟の休息
※ウクライナさんの調子が悪いと胸の音がおかしくなるという捏造設定です。
ベョイぃーン。
廊下を歩いていたら、壊れたバネみたいな変な音が、開いたドアのすき間から聞こえてきた。なんだろう。そっとのぞく。
そこは、ソ連の家の人たちが休憩に使う部屋だ。真ん中には入口に背を向けたソファーがあって、短い金髪の人が座って肩に手をやっている。
後ろ姿で誰なのか分かった。ウクライナ、僕の姉さんだ。なあんだ、と気が抜ける。
「姉さん」
部屋に入りながら声をかける。振り返って僕を見ると微笑んだ。
「ロシアちゃん」
ソファーをはさんでななめ後ろに立つ。姉さんは猫背で、肩に置いた手をひっきりなしに動かしていた。首を左右に曲げて骨を鳴らす。
「なにしてるの?」
「んー、肩がこっちゃって。ちょっと休んだら治るって思ってたんだけどなあ」
金色の眉が、困ったようにひそめられている。前に聞いたことがあった。常に怪音が鳴り渡る大きな胸は重くて、肩こりの原因になっているのだそうだ。
曰く、「いつも荷物を背負っているようなもの」らしい。
ベルベィー……ン。
いつも賑やかな音がしょんぼりしているように響くのは、姉さん自身に元気がないからだ。
「ロシアちゃんはいいなあ」
深くため息をつくと、うらやましそうに僕を見る。だけど手は止めない。
「なんで?」
「男の子なら、胸のことで悩んだりしなくていいもん」
これを言ったのが、ソ連の家にいる他の女性国家(妹のベラは除く)だったり、女性の同志だったりしたなら、僕はひるんでしまっていたのだろう。だけど実際には姉さんだったから、僕はなんとも思わなかった。
きょうだいって、ためらいとか羞恥とか、そういう感情があんまりない。お互いの感覚の一部が溶けて、癒着したまま固まってしまっている感じ。相手の気持ちがだいたい分かって、自分のことみたいに思える。
「そう? 優しそうであったかくて、僕は好きだな」
フランスくんとかが「母性の象徴」だとか言うのも分かる。特大を見慣れているから、普通のを見ても母性以上の魅力は感じないけど。
「それだけじゃすまないよー。大きいと、周りから狙われたりじろじろ見られちゃったりするもん。下着だってカワイイのないし、パンツと上下セットで着られないし、おまけに肩は痛いし」
姉さんは瞳にうっすら涙をにじませて、ため息をついた。それにうなずくように、ボヤャューン、と胸が鳴った。
首から肩への、やわらかなラインを見つめた。ベラほど細くて華奢ではないけど、僕に比べたら、やっぱり弱そうな感じがする。
「肩、揉もうか?」
「いいの?」
表情がきらきらした。うん、とうなずいたら、わくわくしたように背を伸ばす。
「お願い。自分だとうまくできなくて」
肩を手のひらでおおう。どれくらい力を入れればいいのか分からなくて(下手にやると骨が折れてしまいそう)、動物をなでるときくらいにした。
「ふふ、くすぐったい。もっと強くてもいいよ」
おそるおそる力を加える。
「これくらい?」
「もう少し。こんな感じ」
僕の手に姉さんのが乗って、上からぎゅっと握った。あたたかくてやわらかい手だ。なんだか懐かしい。子どもに戻ったみたい。
真似るように肩をもんだ。指先にはシャツごしの鎖骨の感触がある。肩の筋肉はかなり強ばっていて、釘を打てそうなくらいかちかちだった。
「上手よ」
「よかった。……疲れてるんだね」
不安になって尋ねる。だけど、ゆるく首を振って否定された。
「そんなことないよ」
安心したように目を閉じて、長く息をはく。安らぎとか穏やかとかは、きっとこういう状態のことをいうんだろう。
みんなにもこんな幸せな気持ちが伝わればいいのに。そうすればきっと笑っていられる。優しくなれる。粛正なんて必要ない。
それに、僕の手で姉さんは喜んでくれた。それならみんなも喜ばせることができるはずだ。考えただけで、期待が胸に広がっていく。
「また肩がこったら、僕に言ってね。そしたらまた、こうして気持ちよくしてあげる」
「ありがとう。お願いね」
笑顔が嬉しくて、僕も笑った。
「うん」
もういいよ、と言われて手を止めた。姉さんが立ち上がると、ドババイーン、といつもどおりの音がした。
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09/07/17