同じ屋根の下
――「同居」っていうのはつまり、「二人で一人暮らしをする」、ってことなのよ。
会社帰りに寄ったスーパーで、陳列棚をじっと眺めながら、エリザベータはそのことをひっきりなしに考えていた。
手に持ったカレールーの箱を、戻しかけては引っこめる。そろそろ決着をつけなければ店員に不審がられるだろう。
――あいつ、栄養が偏ってそうだから。
「あいつ」とは、同居中(間違っても同棲ではない)のギルベルトのことだ。料理がヘタなのか面倒なのかは知らないが、いつも夕食をコンビニ弁当で済ませている。
正直に言えば、気になる。一緒に住んでいるのだから、多少は情が移ってしまうのはしょうがない。それでもためらってしまうのは、同居ルールがあるからだ。
――その一、「お互いに干渉しない」。
同棲ではないのだからと、真っ先に決めたことだった。
だが、どこからが干渉になるのか分からない。ペナルティーはないが、ギクシャクしてしまうのは避けたい。それでも、あの食生活は見過ごせない。
「ええい!」
気合いを入れて、ルーの箱を買い物カゴに放る。考えが変わらないうちにレジに向かった。なぜか万引きでもしたような心境だ。
「作りすぎちゃったから」、「食べたかったらあげる」、「量を間違えたの」。
どう言えば干渉にならずに済むか、帰路から彼に声をかける直前まで延々とシミュレートし続けた。
「カレーって一人じゃ食べきれなくて。食べない?」
*
「へえ、あんた左利きなんだ」
久しぶりの手料理(しかも結構ウマい)を味わっていると、意外そうな声がした。思わずスプーンを握っている手を見てしまう。
ギルベルトにとって、自分が左利きだというのは、今さら意識するまでもない常識だった。友人や家族は皆知っている。
だが、最近同居をはじめたばかりのエリザベータが知らなくても無理はない。お互いのことはなるべく知らないように、ふれないようにしてきたのだから。
「まあ、な。駅とかでちょっと困る」
「そうなんだ。……ところで、味はどう?」
返事は一つのみだ。
「ウマい」
こんな料理を毎日食べている彼女がうらやましい。おこぼれでもいいから分けてほしいくらいだ。
そう思ったが口にできない。言った瞬間、さっと表情を変えて拒絶されそうな気がした。
もう少しだけ、二人暮らしのような空気を楽しみたい。
「ありがと」
照れたように笑う彼女を見ていると、恋人になったような錯覚を覚える。抱きしめてキスしても許されそうだ。だが、それは妄想のままに留めておいた。
代わりに、また一口を味わう。飲みこんで、ごく自然に言葉が出た。
「カレーって、なんか懐かしいよな」
「分かる! 給食に出たら全部空っぽになってた」
「給食とか、懐かしすぎ!」
まったくの他人でも、小学生のころの記憶は共通することが多い。チャイムに合わせて歌ったこと、熱されたプールのアスファルト、そんなしょうもない話題で盛り上がる。
だが、どこかわびしかった。どんなに楽しく言葉を交わしても、彼らは同居人以上の関係にはなり得ない。残り少ないカレーを食べ切ってしまえば終わる。
最後の一口をスプーンに乗せる。目一杯さりげなさを装いながら口を開く。
「カレーありがとな」
「別に、大した手間じゃないし」
「あのさ」
口の中がひりひりした。カレーのスパイスだと自分に言い聞かせる。心臓がドキドキするのもそのせいだ。
「俺も、そのうち、お前の夕飯作ろうか?」
スプーンを口に運んだ。何度も噛んで、これが最後になるかもしれない彼女の料理を味わう。
彼女はなかなか返事をしなかった。飲みこむこともできず、草食動物のようにしつこく口を動かす。
「マズかったら、許さないから」
ごくりと、痛みを伴う熱さが胃まですべっていく。それが食道の粘膜を焼きつくすように思えた。
「任せとけ」
うなずけば、「口の周り黄色いわよ」と笑われた。
↑特殊系目次に戻る
↑小説総合目次に戻る
09/09/06
「愛さばらし」のうさこさんの許可をいただいて、「同居始めました【現代パロ】」を小説にさせていただきました!
漫画の方はもっと素敵ですよ!ぜひ読んでください!