二人はそれだけ



「おい」
 低い声が私を呼び止めた。振り返って、その主を知る。ギル、と小さくつぶやいた。
 会話するなんて数ヵ月ぶりで、次の段に足を踏み出したまま動けなくなる。向こうはそのまま階段をのぼってきて、私より一段下で止まる。
 そんなに目線が変わらないことに気づいた。いつの間にこんなに身長差ができてたんだろう。小学生のときは私の方が高いくらいだったのに。
「俺のも提出頼む」
 片手には、クセのある字で名前が書いてあるノートがあった。うん、とうなずくと、私が抱えているノートの束の一番上に乗せた。
「よろしく」
「うん」
「……」
 ギルはなにか言いたそうな顔をしていたけど、そのまま下りはじめてしまう。
「ねえ」
 なぜか呼び止めてしまった。立ち止まると振り返る。
「なんだよ」
 面倒くさそうな口調に焦る。本当は用なんかないから。
 ――前はこんなことなかったのに。
 中学に入学してからのこの数ヵ月、私たちは口を利かなくなった。新生活に馴染むのが忙しかったということもあるけど、一番の理由はそれじゃない。
 普通に話しているだけなのに冷やかされたり、「付き合ってるの?」とか聞かれたり、根も葉もないウワサを流されたり、そういうのにうんざりしたからだ。
 私とギルは、そんなんじゃない。小さいころから一緒にいただけ。ムキになって否定するほどはやし立てられて、それで近づかなくなったのが数ヵ月前。
 「お互いに無視しよう」なんて口に出して取り決めたわけでもないのに、自然とそうなったのは、やっぱり付き合いが長いからだろうか。
「ノート運ぶの、手伝って」
 とっさに思いついたのはそれだった。
「これ、重くって」
 重いのは本当だったけど、耐えきれないほどじゃない。
「最後に提出したんだから、これくらいやってよ」
 高飛車で、嫌な言い方。だけどそれ以外になんて言えばいいのか分からなかった。ギル相手に話題に困るなんて、変なの。
「……」
 多分、断られる。面倒くさがりだし、またウワサを立てられるのは避けたいだろうから。分かっててなんで言っちゃったんだろう。
「しょーがねえな」
「え」
 また階段をのぼってきたかと思えば、ノートの上半分を持ち上げる。そしてさっさと歩き出した。
「ボーっとしてんなよ」
「あ、うん」
 放課後の廊下には誰もいない。二人ぶんの上履きの立てる音が高く響く。
 バレないように、こっそりと様子をうかがう。私より高い身長。骨ばった手。喉仏。よく見ると、耳にはピアスの穴。
 たった数ヵ月の間にずいぶん様子が変わっていた。知らない男の人みたいで、ちょっと疎外感がある。
 でも、変わったのは私だって同じ。色つきのリップ。整えた眉。短いスカート。友だちときゃあきゃあ騒ぎながら、「子ども」を脱ぎ捨てて「大人」を着飾る。
 だけどどうして、両親や先生は顔をしかめるんだろう。まるで私たちが間違ってるみたいに。
「あーあ、こんなことならさっさと提出しときゃよかった」
 一瞬、誰が言ったのか分からなかった。ちょっと遅れて気づく。
「……声、変わった?」
「おう。結構経ってっけどな」
 落ち着かない。低くてガラガラかすれてて、前とは全然違う。なんか変。
 それでも、そのうち慣れてしまうんだろう。今までもギルのすべてを受け入れてきたように、ごく自然になじんで、違和感を忘れていく。
 ――幼なじみ、だから。
 友だちでもクラスメイトでも恋人でもなんでもない、それが私たちの関係。
「リズ」
 音は変わっても、響きだけはそのまま。安心する。
「久しぶりに、俺んちでゲームしねえ? 新しいの買ったんだよ」
 笑ってしまいそうになった。声も身体つきも変わったくせに、中身はゲーム好きな小学生のまま。
 ――ゲームの話題でワクワクしちゃう私も私だけど。
「レースのやつ?」
「いや、格ゲー」
「コンボ試したいんでしょ」
 ギルは言葉を詰まらせる。図星らしい。
「返り討ちにしてやるわ」
 周りを気にしてたことがいきなりバカらしくなって、笑う。
 私とギルは今までずっと一緒にいて、だからこれからも一緒にいる。――ただ、それだけ。


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09/09/08 初出(ENU拍手)
09/11/16 再録