啼鳥のほとり
※ドイツの幼少期を捏造しています
顔を上げた子どもの瞳は、あどけないアイスブルー。
「可愛いだろ」
プロイセンが頭をなでたせいで乱れた金の髪を、几帳面そうに直した。小さくて丸っこい指だ。
「おっと、そろそろ勉強の時間だぞ。行ってこい」
「分かった」
子どもは首がもげそうなくらいに大きくうなずく。私をちらりと見て、屋敷の中に走って行った。
呆然としてなにも言えない私の腰を、彼が押す。力に流されるまま池のほとりを歩いた。
鳥が二匹、水遊びをしている。くちばしで相手をつついたり、追いかけるように位置を入れ替えたり、楽しそうだ。
「……あの子」
どうつなげればいいのか分からずにいると、なんでもないように言われた。
「俺の弟だ」
「弟、って」
信じられない気持ちで復唱した。思わず足が止まる。
彼は足元の小石を拾うと、池に向かって投げた。二回くらい跳ねて沈む。驚いた鳥たちは逃げてしまった。
「名前はまだちゃんと決まってない。とりあえず俺は、『ヴェスト』って呼んでる」
あの、子どもは。
――ああ、まさか、そんな。
「……国に、なるのね」
「そのつもりで育ててる」
声があまりにも静かで、言葉を失う。さえずりだけが、耳に響く。
「もしかしたら、アンタは」
芯を失ったように、頭がぐにゃぐにゃになる。唇だけが別の生き物のように、勝手に動く。
「消滅、するかもしれないのよ」
彼は顔だけを私に向けた。その顔立ちをはっきりと受け継いでいたさっきの子どもは、……間違いなく「弟」なのだろう。
鼻がつんとした。目頭が熱くなって、じわじわと涙がにじむ。
「なんで、そんなに平気でいられるの」
「俺の夢だからだ」
彼の夢は、そう。――バラバラの国内を統一すること。
「実現のためなら、どんな犠牲も惜しくない。それが俺の消滅なら、むしろ本望だ」
赤紫の瞳は真摯だった。怖いくらいのひたむきさと、悲しいくらいの決意がありありと浮かんでいる。
「そのせいで、私を一人にしても?」
「ハンガリー」
ぐいと抱き寄せられて、顔を彼の胸にうずめた。
この感触が消える。鼓動が消える。ぬくもりが消える。声が消える。存在が消える。
消える、消える、消えてしまう。
「もし俺が消えたら、」
「イヤ!」
力の限り彼を突き飛ばした。
「遺言なんて聞かない! 『消えない』って、それだけ言って!」
彼は目を伏せた。どれほど経ったか分からなくなるころ、ようやく私を見る。
そして、口をひらく。
「――」
水ぎわに鳥たちが戻ってきて、再び憩いはじめた。楽しげな鳴き声はどこまでも広がっていく。
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09/11/20