いざさらば



「三年間って、あっけないもんやなあ」
 卒業証書の入った筒をくるくる回しながら、アントーニョ。俺は、そうだな、と相づちを打った。
 そういや、いつもならもう一つの声があるはずなんだが。そう思って周囲を見回せば、ギルベルトは後ろをだらだら歩いていた。
「なんだよ、しょぼくれちまって」
 ギルベルトははっとしたように背筋を伸ばして、こっちに走ってきた。浮かない表情だ。眉がしょぼんと垂れて、瞳がうろうろする。
 やれやれ。ため息をついて、筒で銀色の頭を叩く。なんだよ、とにらむ目は心ここにあらずだ。
「いいのか?」
「なにがだよ」
「エリザベータちゃん、卒パには来ないらしいぜ。明日早くの飛行機で引っ越すんだとさ」
 だからなんなんだよ、って、本当に素直じゃねえなあ、こいつ。さっきからあたりをキョロキョロして、あの亜麻色の髪を探してること、俺が気づかないと思ってんの?
 「なになに?」とおもしろそうにアントーニョが首を突っこむ。めんどくさそうなギルベルトに代わって、ここは俺が答えてやった。
「こいつ、告白しそびれたんだよ」
「うわードンマーイ」
「おいフランシスてめえ!」
 噛みつきそうなギルベルトを適当にいなす。俺に当たるなよな。
 幼なじみの関係にあぐらかいてたのはお前だろ。その気になればチャンスなんかいくらだってあっただろうに、バカなやつ。見てるこっちがじれったい。つか、イラつく。
「今なら間に合うんじゃねえの?」
「せやせや、しない後悔よりした後悔やで!」
 アントーニョが珍しくいいことを言った。それなのにギルベルトはうじうじした様子で、でも、とか言いやがる。
「告白したところで、OKもらえるか分かんねえし、もらえたとしても遠距離じゃねえか」
「……はー」
 ため息が出た。なんかもう、お兄さん、腹立つ通り越して可哀想になってきた。
 もう一度頭を叩く。俺様頭を叩いてみれば意気地なしの音がする、ってか。
「じゃあお前、久しぶりに会ったエリザベータちゃんが左手の薬指に指輪してたり、お腹を大きくしてたりしててもいいんだな?」
 ギルベルトは驚いた様子を見せてから、押し黙った。想像すらしなかったってことかよ。どうしようもないやつ。甘えんな。
「そうなったときの覚悟はあるのか?」
「……ねえよ」
 ここまでヘタレだと、いっそすがすがしい。
「じゃあお前、なにしてんだ」
 赤い瞳が俺をまっすぐに見る。ようやく胆が据わったらしい。
「急げよ。荷物は持っててやる」
 筒やら花束やらを預かりながら笑ってやると、行ってくる、と言い残して走り出す。
 おー、速い速い。青春だねえ。まったく、世話が焼ける。
「エリザベータちゃん、告白、うなずくやろか」
「どーだろーな。ま、アイツ次第じゃねえの」
 そこまで俺が心配してやる義理ねえよ。背中は押してやったけど、そこから先は二人の問題だ。
「お前、ホンマにええ根性しとるなあ」
 アントーニョはあきれた顔をした。でも、すぐにおかしそうする。
「ま、あとでゆっくり聞けばええか」
「あいつにおごってもらいながらな」
「名案や」
 顔を見合わせて笑った。こんな風にバカをやれる友人は気楽でいい。
「さて、あいつが戻ってくるまでどうする?」
「帰る……んはちょお名残惜しいしなぁ」
「んー、校舎でもぶらぶらしちゃう?」
「せやな。先生とかとも話したいし、最後の記念にええかも」
「じゃあ決まりだな」
 想い出をたぐりながら、足を進めた。
 あんまり行かなかった図書室。先生のミスで三人で閉じこめられた視聴覚室。ゲリラして反省文をたんまり書かされた放送室。日当たりのいい廊下。
 少しずつ会話が減っていく。よくたむろした屋上に来たときには、もう二人とも無言だった。ここでサボったり弁当を食べたり、色々やったっけ。
 ひんやりした風が吹く。春はまだ姿を見せない。眼下に広がる灰色っぽい街並みをながめて、ぼんやり考える。
 短かった三年間。だけど、思い出してみればやけに濃縮されている。これからの人生に、同じ三年間は二度と来ない。
 アントーニョやギルベルトと出会ったときのこと、三人でしでかしたバカなこと、ときには全力で殴り合ったこと、記憶は途切れずに頭の中を駆けめぐる。
 入学したとき、高校生になったらなんでもできるんだと思ってた。実行できたこともあるけど、できなかったこともある。今さら思い出したこと、思いついたこと、期待や想像がいたたまれなくて座りこむ。
 俺が三年間にしてきたこと、できたこと。それらは本当に正しかったんだろうか。
「なーんか」
 がりがり頭をかきながら、アントーニョがつぶやく。
「俺ら、学校のうんこみたい」
「ちょっ……せっかく人が感傷にひたってたってのに、お前ってやつは!」
「明日からここに俺らの居場所はないんやで? うんこされたみたいやと思わへん?」
 言いたいことは分かる。分かるけど。
「せめてもうちょい綺麗な喩(たと)えを使ってくんない?」
 「学校」というシステムにとって、俺らは流動していくものに過ぎない、とか、頭よさそうな感じで頼む。
「全然浮かばんわー」
 ああそうかよ。
 だけど、変に焦ったり悔いたりする気持ちは消えていた。懐かしさも切なさもあるけれど、こだわったってしょうがない。もうここにはいられないんだから。
 見つめるのは未来だけで、いい。
「あっ、ギルベルトがおった」
「マジで?」
 立ち上がってアントーニョが指差した方を見る。
「お、エリザベータちゃんもいるじゃん」
「ホンマや。なにして――え」
「うお」
 二人して、凍りついた。
 なんなのあいつら。ふざけんなよ。幼稚園からやり直してきやがれ。学校でキスだと!?
「心配するまでもなかったやん」
「だな」
 お互い苦笑して、それから、大声でギルベルトを呼んだ。


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「さらば三年間」より改題
10/03/08