シャボン玉飛んだ
「シャボン玉しない?」
「は?」
休日、部屋でごろ寝してたのを電話で無理やり呼び出されて、なにかと思っていたらこれだ。
「説明はこれからするから、とりあえず上がって」
「おう」
リズの部屋に入って、出された水を飲んで一息つく。
言われた通りダッシュで来たから疲れた。十秒で来ないとフライパンとかジョークでも笑えねえぞ。
「で、なんでシャボン玉なんだよ」
「部屋の掃除してたら、昔のおもちゃが出てきたのよ」
それ、と指差されて机の上を見る。馴染みのあるシャボン液の容器がそこにあった。
「うお、懐かし」
幼稚園とか小学生のころはよく遊んだっけな。あと、ルッツに付き合って一緒にやったりとか。間違えて飲ませちまって大目玉くらってからはしなくなったけど。
「捨てようかなーと思ったんだけど、もったいないから。ついでなら、あんたとやってみようかな、って思って」
「そりゃ、ま……光栄だな」
「でしょう? もっとありがたがっていいのよ」
「可愛くねえ」
そんな軽口を叩き合いながら、二人でベランダに出る。日暮れ時で、空の向こうがほんのりと赤い。
液をつけたストローに、リズが息を吹きこむ。小さなシャボン玉の群れが生まれて、風にさらわれる。油みたいにてかる表面が、夕日できらきら輝く。
夕方の放送がどこからか聞こえる。涼しい風がシャボン玉を運ぶ。
「どっちが大きいの作れるか勝負しない?」
「いいぜ」
ストローの先にたっぷりシャボン液を付けて、慎重に息を吹きこむ。ちらっとリズの方をうかがうと、俺よりも一回りデカい。あせってちょっと強めに吹いたら、ぱちんと割れてしまった。
「下手くそ」
「ナメんなよ、俺様が本気出したらもっとすげえんだからな!」
ムキになって続けていると、ふいに、リズがため息をついた。
赤い光が、金茶の髪を白っぽく浮き上がらせる。顔にまといつく幾多の筋が変に色っぽくてどきりとした。
「誰よりも大きなシャボン玉が作りたくて頑張っても、どうしてすぐに割れるのかしら」
「ちゃんとしたやつなら、人が入れるくらいデカいのも作れるぞ?」
「そこまでしたいわけじゃない」
煮え切らない態度にイラつく。なにがしたいんだよこいつは。
何回か挑戦して、あまり欲張りすぎてはいけないのだと知った。まだ余裕がある内にふくらませるのをやめて、どことなく重そうに浮かぶシャボン玉を放す。
ふわりふわりと、飛んでいく。そして、割れた。
いつかはなにがあっても壊れないシャボン玉ができそうな気がして、いくつも犠牲を重ねていく。
リズがあぐらをかいた俺の太ももの上に手を置いた。なんだと思っていたら、いきなり枕にされる。直接ふれたわけでもないのに、長くてしゃらしゃらした髪がくすぐったそうだ。
「晩ごはん、食べてくでしょ」
「おばさんがいいって言うんなら」
「……そのあとは?」
「え?」
リズがなにを言いたいのかわからない。困っていると、ぎゅっと服越しに足をつかまれた。
「私、あんたのこと」
西日がまぶしくて、目を細める。手でリズの髪をすく。
「……」
「なんだよ、言えよ」
「……やっぱりやめた」
リズはぱっと身体を起こした。
「あーあ」とか言いながら伸びをして、ストローを吹く。無数の小さなシャボン玉がきらめいた。
「てっきり、告白されるんだと思ったんだけどな」
「馬鹿じゃないの」
そう言うくせに、なんで俺の手の上に手を重ねるんだよ。
「しゃーぼんだーまーとーんーだー」
「やーねーまーでーとーんーだー」
ぱちん、と弾けたシャボン玉が、虹色を跳ね散らかした。
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10/07/31 初出(お手紙企画)
10/09/11 再録