イチゴには毒がある



 勉強する、なんて、ただのお飾りだ。最初はそうだったかもしれなくても、手がぶつかって目が合えば、もうどうにもならない。
 だって、考えてもみろ。好きな女が俺の隣にいて、しかも二人きりなんだぜ? こんなシチュエーションじゃ、勉強そっちのけでキスしちまっても仕方ないだろ。普通だよな。
 要するに、俺が悪いんじゃない。嫌がらないリズが悪い。そういうことにしとけ。
「んむ……っは」
 息継ぎで唇を離すと、肩を強く押された。
「ちょっ、……タイム!」
 言いながら、リズは大きく深呼吸した。色づいた顔に、手の平で風を送る。
「んだよ、もうギブアップか?」
「アンタと私の肺活量が同じだと思うなアホ」
 にらまれて、目をそらした。苦しそうにしてるのにそそられて、無理させた自覚はある。そりゃもうたっぷりと。わざとやってるってバレたら、確実にフライパンだな。
 リズほどではないにせよ、俺も息を整えて、口の中がやけに甘いことに気づいた。リズから移ってきたやつだ。物理的に。
「もしかして、飴、食ってたか?」
「うん」
 どうりで……。なぜか俺が照れくさくなって頭をかく。
「分かる?」
「分かるに決まってんだろ。甘いんだから」
 匂いもしてんだから、バレない方がおかしい。
「アンタも食べる? もう一つあるけど」
「味は?」
「イチゴ」
「じゃあいらねえ」
 即答すると、リズはおかしそうに目を細めた。
「イチゴ味、嫌い?」
「嫌いっつーか。甘さがわざとらしいのが気に食わん」
 本物はそうでもないのに、なんで飴とかジャムとかになったら変わるんだ。謎だ。
「舌に媚びる感じがすんだよ」
「そう? 私は結構好きだけど」
 ヒヤッとした。相手の好きなものを知らずにけなしてしまうと、気まずいというか、いたたまれなくなる。
 でも、ああだこうだ言った手前、手のひらを返してフォローもできない。困った。
「そういえば、イチゴって、漢字でどう書くんだっけ」
 丁度よくズレた話題に飛び乗ろうとした、が。
「えーと……」
 いつもなら分かるのに、いきなり思い出せなくなる。悩みに悩んで、とりあえず頭に浮かんだのを書いた。
 ――毒。
 見た瞬間、リズが盛大に吹き出した。
「あっはははは、っくふ、バッカじゃないの! それ、っひは、『どく』よ!」
「うるせえ」
「確かに似てるけど! でも間違えないでしょフツー!」
「黙れ」
 お腹を押さえて、笑いすぎて息もたえだえに言う。おい、いくらなんでも笑いすぎだろ。人の失敗を笑うなよ。泣くまで笑うとか、なんなんだよお前。さすがの俺様でも、しまいにゃキレるぞコラ。
 ムッとしながら、笑い止むのを待つ。ひーひーと笑いを引きずりながら、ようやくリズは落ち着いた。
「あー、おっかしい!」
 それはよーく分かった。分かったよ。だから、いい加減このネタから離れろ。頼む。
「イチゴに毒ねぇ……。おもしろいじゃない」
「んなもん、本当にはねえだろ」
 だからもうその話題はおしまいにしろ。すると、不満そうに眉をひそめられた。
「アンタうるさい」
「なんでだよ」
「それくらい、こっちだって分かってんのよ。バカにしないで」
 なんでキレてんだよ。わけ分かんねえ。
 リズはふん、とそっぽを向いて、ポケットから飴を取り出して口に放りこむ。俺をシカトして、ノートにシャーペンを走らせた。
 歯と飴がぶつかる、カラコロという音が小さく聞こえてくる。同時に、ふわふわと甘い匂い。イチゴ味は好きじゃないのに、なぜか欲しくなる。
 ……そう、欲しくなる。
「リズ」
 頬を押さえて、唇を重ねる。かすかなすき間から舌をねじこませた。口の中を探る。
「〜んんっ!」
 うなる声を聞きつつ、それでもやめない。舌先が甘ったるいものにふれて、寄越すまいとするのを奪い取る。
「っ、ば、バカ! バカバカバカバカバカバカ!」
 真っ赤になったのが、それこそイチゴみたいだ。甘さを転がしてそう思う。
「っていうか飴、返してよ! 嫌いなんでしょ!」
「なら奪い返してみろよ」
 歯に挟んでちらっとのぞかせると、ぐっと詰まる。ちょっと間があって、リズは俺の首に腕を回した。
 腰を抱きながら、考える。
 やっぱりイチゴには毒があるのかもしれない。知らず知らずに溺れてしまうような、甘ったるい毒が。
 その毒で、リズ、お前と死ねるなら本望だ。


↑特殊系目次に戻る

↑小説総合目次に戻る


10/02/28 初出(ゲスト原稿)
11/10/07 再録