俺とナターリヤちゃん
「うらやましいなぁ……」
プールで楽しそうに泳いでるみんなを見ながらつぶやいた。ため息をつくと幸せが逃げていくなんて言うけど、これ以上不幸になれっこない。
自業自得なのはわかってる。プールの授業初日なのに水着を忘れたのは俺だ。昨日の夜しっかり準備したのに、寝坊してあわてて家を飛び出したら忘れてきてしまった。
だから、今は罰としてプールサイドの掃除をさせられている。……考えれば考えるほど自業自得だ。
でもしょうがないじゃないか。ナターリヤちゃんの水着姿を見れるんだって思ったら、興奮しちゃわない方がおかしい。だからちっとも寝つけなかった。
だけど、そのナターリヤちゃんはというと、女子で一人だけ授業を見学していた。つまり、水着じゃなくて制服だ。残念なような、他の男子に見られずに済んでほっとしたような……。
ちょっぴり悶々としちゃうけど、それより、なんでナターリヤちゃんが見学してるのか気になる。ちゃんと水着は持ってきてたみたいなのに。
もしかして、体調が悪いのかな? そういえばよく見てみたら、どことなく顔色が悪い気がする。顔をしかめてるのもかわいいけど、どうしたんだろう。
「トーリス!」
声と一緒に、足元に水がかけられる。掃除のために靴下を脱いでスラックスのすそもまくってたけど、でも不意打ちはびっくりする。
「やめてよ、フェリクス」
プールの中から俺をにやにや見てるのは親友のフェリクスだ。いつもは忘れっぽいくせに、こんなときだけは用意がいい。いつもこうだったらいいのに。
「ナターリヤのこと見すぎなトーリスが悪いんだしー」
「……確かに見てたけど。でもナターリヤちゃんはかわいいんだからしょうがないよ。視線が吸い寄せられるというか」
事実を言ったのにフェリクスはため息をついた。なんなんだよもう。
「ねぇ、なんでナターリヤちゃんはプール見学してるのかな」
「なんでって、女子がプールとか体育見学してる理由はアレしかないし」
「アレ?」
なんのことかわからなくて首をかしげる。そしたらフェリクスは「知らんならいいし」って、プールに潜ってしまった。本当になんなんだよ、もう。
疑問は消えないけど、掃除をサボるわけにはいかない。気合いはちっとも入らないけど。とにかく手は動かしておこう。
掃除を進めていくと、ナターリヤちゃんにどんどん近づいていく。ちらちら見てるうちに、あることに気づいた。
ナターリヤちゃん、かなり具合が悪そうにしてる。
気のせいなんかじゃない。明らかに顔色が青ざめてるし、痛いのを我慢してるような顔をしてる。今にも倒れそうなくらい。
掃除なんてやってる場合じゃない。デッキブラシは適当に壁に立てかけて、ナターリヤちゃんに駆け寄る。
「ナターリヤちゃん、大丈夫!?」
話しかけると、ナターリヤちゃんはゆっくりした動作で俺を見上げた。そして、絞り出すような声で言う。
「平気だ……」
「なに言ってるの、すごい気分悪そうだよ!」
「ほっとけ……」
「できるわけないよ! 俺がついてくから、保健室行こう! 寝たらきっと気分よくなるから、ね?」
ナターリヤちゃんはちょっと迷ったみたいだった。でも、小さくうなずいた。
立つのもつらそうなナターリヤちゃんに手を貸して、倒れないように支えながらプールを出る。
濡れたままの足で靴を履くのはちょっと気持ち悪かったけど、そんなことどうだっていい。ナターリヤちゃんは俺とは比べ物にならないくらい気分が悪いんだから。
歩くと余計気持ち悪くなるのか、ナターリヤちゃんの足取りは重い。お姫様抱っこできる腕力があればよかったけど、ないから肩を貸すしかできなかった。
そうしてようやく保健室に着いたのに、先生はいなかった。どこに行ったんだろう。
「俺、先生を探してくる。ナターリヤちゃんはベッドで寝てて」
「……寝れない」
「え、でも」
「ベッドが汚れる。血で」
「え? ナターリヤちゃん、怪我してるの!?」
それなら先生を探す前に手当てしないと。焦ってたら、ナターリヤちゃんは忌々しそうに舌打ちした。
「生理」
「えっ。……あ、……えっ?」
最初は言葉の意味をすぐに理解できなくて混乱した。ちょっとしてから理解できたけど、それはそれでまた混乱してしまう。
一応言い訳させてほしい。保健体育の授業で習ったから、女の人には毎月生理があるんだってことは知ってた。知ってたけど、ナターリヤちゃんが気分悪そうにしてるのと結びつかなかった。
「……」
「……」
なんだか気まずい。でもこのままでいるわけにもいかないから、おそるおそる声をかける。
「えっと……とりあえず、どうしよっか……?」
「今日はクソ多い日だから、もう帰る」
「そ、そっか。うん、そうした方がいいと思うよ。家の方がきっと休めるし。それでえーっと、俺になんかできることある?」
つい、馬鹿みたいにしゃべり倒してしまう。口じゃなくて頭を回せ、ってナターリヤちゃんには思われてそうだ。
「……教室から私の鞄取ってこい。机の中身はそのままでいいから」
「う、うん。行ってくるね!」
保健室を出て教室に向かって走りながら、俺ってカッコ悪いなぁ、と思わずにはいられなかった。
できる限り急いで戻ってきたら、ナターリヤちゃんは携帯で誰かと話していた。
「うん、そう。それで、早退するから。……迎え? ……姉さんが大丈夫なら、来てほしい」
相手はお姉さんらしい。いつもより口調がやわらかい。気を許してるんだろうなぁ。なんかかわいい。
「……うん。……わかった、待ってる。着いたら電話して」
ナターリヤちゃんが電話を切るのを待って、声をかける。
「ごめん、お待たせ。鞄取ってきたよ」
鞄を差し出すと、ナターリヤちゃんは無言で受け取った。中を開けて、花柄の小さなポーチを取り出す。それを持ってトイレに行ってしまった。
……で、俺はこれからどうしよう。
そばについててあげたいけど、うっとうしいかなぁ。普通に気分が悪いんじゃなくて、生理だし。俺がいたって邪魔かもしれない。
でも、お姉さんが来るまでにナターリヤちゃんが倒れちゃったらどうしよう。俺が見守っててあげた方がいいのかなぁ。
ぐるぐる悩んでたら、ナターリヤちゃんがトイレから戻ってきた。顔色はまだ青いまんまだ。
「……お前、まだいたのか」
ナターリヤちゃんは俺を見て、低い声で言った。しゃべるのもしんどそうだ。
「俺、ナターリヤちゃんのお迎えが来るまで一緒にいるよ」
「……点数稼ぎ野郎め」
「ナターリヤちゃんが心配なんだ。ナターリヤちゃんになにかあったらと思ったら、怖いんだ。大したことはできないけど、ナターリヤちゃんのためになにかしたいから」
「……」
ナターリヤちゃんはジト目で俺を見る。なにか言われるかと思ったけど、なにも言わずにベッドに寝転がる。
迷ったけど、勝手にしろ、ってことなんだって思うことにした。
それから数十分したころ、静かだった保健室に着信音が鳴り響いた。ナターリヤちゃんがもぞもぞと携帯をたぐり寄せる。
「はい。……わかった、今行く」
ナターリヤちゃんはだるそうに起き上がった。俺は、ナターリヤちゃんの鞄を持ちながらナターリヤちゃんに肩を貸す。
校門の前に車が停まっていた。近づいていくと、運転席のドアが開いて女の人が出てきた。ナターリヤちゃんのお姉さんだ。
「ナターシャちゃん、大丈夫?」
「……」
ナターリヤちゃんは無言でお姉さんに抱きついた。お姉さんはやさしい笑顔を浮かべて、ナターリヤちゃんの背中をあやすように叩く。
「辛かったね。よく頑張ったね。お姉ちゃんが来たから、もう大丈夫よ」
ナターリヤちゃんは小さくうなずく。
お姉さんは俺を見ると、ナターリヤちゃんに向けたのとはまた違う笑みを向けた。
「ナターシャちゃんの面倒を見てくれたの?」
「いえ、俺はなにも。あ、これ、ナターリヤちゃ……さんの鞄です」
「ありがとう」
お姉さんはナターリヤちゃんを支えながら後部座席に乗せた。ナターリヤちゃんが寝転がる。お姉さんはドアを閉めると、自分も運転席に乗りこむ。
車の中で、ナターリヤちゃんがなにかを言ったみたいだった。聞き取れなかったのか、お姉さんが顔を寄せる。ナターリヤちゃんの唇がまた動く。
お姉さんは驚いたような顔をした。でも、すぐにこにこ笑う。ハンドルを回して俺側のドアの窓を開けると、楽しそうに言った。
「あのね、ナターシャちゃんが『ありがとう、大好き』だって!」
「えっ」
ナターリヤちゃんの口からそんな言葉が出てくるなんて、俺は夢でも見てるのかな。うれしすぎて信じられない。
「おっ、俺も、ナターリヤちゃんのこと大好きだよ!」
浮かれる俺に、ナターリヤちゃんはますます不愉快そうに顔をしかめる。
「……私は『さっさと失せろうんこ野郎』って言ったんだ」
「はいはい。お姉ちゃんにはわかってるからね」
お姉さんはナターリヤちゃんの刺すような視線を軽くかわして車のキーを回す。何回かエンジンをふかして、ようやくエンジンがかかる。古い車なのかも。
「じゃあね、ありがとう」
手を振られて振り返す。後部座席のナターリヤちゃんは目を閉じて眠っていた。
見えなくなるまで遠ざかる車を見送って、長く息を吐き出した。
俺、今日は超ついてるかも。ナターリヤちゃんと二人きりであんなに長い時間を過ごせたなんて。
足取り軽く教室に行ったら、クラスのみんなもプールから帰ってきていた。フェリクスが駆け寄ってくる。
「お前、どこ行ってたん?」
「ナターリヤちゃんが気分悪いって言うから、保健室に連れてって、さっきお迎えに来てたお姉さんのとこまで一緒に行ったよ。ナターリヤちゃんと二人きりになれて、俺スッゴく幸せだった!」
「……トーリスらしいし」
フェリクスは呆れた顔をする。
「そういや、先生マジ切れしとったから後で謝りに行った方がええと思うんよー。掃除の途中でほっぽりだしとるし」
「……あああっ! かんっぜんっに忘れてた! うっわー、どうしよう……」
頭を抱える俺に、「これでも食べて元気出せだしー」と、フェリクスがいちごポッキーを差し出した。
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13/09/06