最上級の贅沢
柔らかな陽射しが降り注ぐ。髪が乱れてないか、ショーウィンドウでこっそりチェックする。……うん、大丈夫。
「晴れてよかったです」
そうですね、とオーストリアさんはうなずく。
「二人で出かけるのって、久しぶりですよね?」
「お互い忙しい身ですから」
それなのに私と過ごしてくれる。そう思うと声が弾んだ。今まで会えなくて悶々としてたのがウソみたい。
ワクワクしすぎて彼を置いていきそうになりながら、フワフワした気分で街を歩く。
春の訪れは街並みで分かる。冬の間は無理に暖めようとしているように見えたのに、今はふんわりしたパステルカラー。
「あっちに行きませんか」
最近できたショッピングモールを指さす。風の噂によると、ずいぶんオシャレで雰囲気があるらしい。
もし行くんならオーストリアさんと、そう思って我慢してきた。一緒なら一人よりも絶対楽しいし、周りがきらきらして見えるから。
「構いませんよ」
「じゃあ行きましょう!」
モールは話に聞くよりもずっと広かった。天井が吹き抜けになっていて高い。
「わぁ……」
立ち並ぶブランドショップは華やかで、行き交う人々は笑顔。見てるだけで胸がはやる。
「楽しそうですね」
「とっても!」
力一杯肯定して、それからちょっと我に返った。楽しいの私だけじゃない。
「……ごめんなさい、私ばっかり」
「そんなことありません。貴方を見ていたら、私も楽しくなってきました」
「そうですか? よかった」
色々見ているうちにジュエリーショップの前を通りがかった。なんとなく目を向けて、目を奪われる。
「ここ、見てきてもいいですか」
「どうぞ」
ショーケースに手をついて、食い入るように見つめる。シンプルで華奢なネックレス。ため息がもれた。
それには紫の石がはめられていた。夜明けの空のような、透明な色。
「気に入ったんですか?」
「えっ、あ、はい」
話しかけられてびっくりした。自分では気づかなかったけど、かなり熱心に見ていたらしい。
「綺麗だなあって」
「もっと近くで見てはいかがです」
「でも」
迷っていると、オーストリアさんは通りがかった店員を呼び止めて、そのネックレスを取り出させた。そういう動作がすごく自然で、育ちが違うなあ、なんて思った。
「いかがですか」
ガラス越しじゃなくて間近で直接見てみても、やっぱり綺麗。周りの空気が息をつめているような輝きがある。
いくらかな、と思って値札を探してもついてなかった。これってつまり、すごく高いってこと……だよね。きっと今の所持金じゃ足りないくらい。
今はやめておいて、次に来たときに買おうかな。でもその間に誰かに買われたらどうしよう。
「着けてみますか」
にっこりと笑いながら店員が言う。ちょっと迷って、うなずいた。買えても買えなくても、着けるくらいならいいよね。
金具を留めてもらって、鏡をのぞきこむ。
「よくお似合いです」
着けるんじゃなかった。
鎖骨のあたりできらめくネックレスは本当に素敵で、ますます欲しくなった。それを見越してたんだろうけど、うかうかと乗せられて悔しい。
「瞳の色に合わせますと、ますますお似合いですよ」
「いえ、この色で」
澄んで濁りのない紫はオーストリアさんの瞳と同じだから。だから、目を引かれた。この石じゃないなら欲しくない。
「貴方によく似合いますよ」
「ありがとうございます。でも」
どんなに似合っても欲しくても、先立つものがなければ私のものにはならない。世の中のせちがらさを改めて突きつけられる。
最初にネックレスを見たときとは違うため息がもれる。買わないのにずっと着けてられないから、うなじに手をのばした。
「外してしまうのですか?」
「はい、……残念ですけど」
私の返事を聞いて、オーストリアさんはちょっと考えこむしぐさをした。
「あの、金具を外してもらえますか」
「そのまま着けていてください」
「え?」
「会計をお願いします」
「かしこまりました」
ぽかんとしている間に、彼は代金を払ってしまった。紙幣が何枚あるのか数えようとしたけれど、多すぎて分からない。
「行きましょうか」
「え、あ、はい」
「ありがとうございました」
店員の声に見送られて店を出る。何を言えばいいのか悩んで、これだけは言おうと口を開く。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
頭がふわふわする。毛皮に包まれてるみたいな感じ。だって、あんなにスマートに、まるで映画みたいに欲しいのを買ってもらえるなんて。
どうしよう、これ夢じゃないよね。夢でもいいけど。
「なんで、買ってくれたんですか……?」
「欲しかったのでしょう?」
「そうですけど、でも」
高かったのに。普段はすごく質素にしてるのに。
「好きな女性に贈り物をしてはいけませんか」
顔が赤くなるのが分かった。耳まで熱い。なにこれ、不意打ちだよ。
「……いけなくないです」
それならいいじゃないですか、なんて言われたら、もううなずくしかない。
「大事にします」
なんとかそう言うと、オーストリアさんは微笑んだ。その目はネックレスの宝石みたいに綺麗で、両方とも大事にしなきゃ、と決意する。
「私にも何か贈らせてください」
「そうですね、今はこれと言って欲しいものはありませんが」
出鼻をくじかれた気持ちでちょっぴり落ちこむ。私、何も返せないのかな。
「もし見つかったら、そのときはまた一緒に来ましょう。それでどうですか」
それって、次の約束だよね。そう思っていいよね?
「はい」
大きくうなずいて、自然と笑顔になった。どんなショップだって、こんなに幸せな気持ちなんて取り扱ってない。ただ一人、オーストリアさんだけ。
どこでも買えないものを独り占めしてるなんて、すごく贅沢。
そう思いつつ、口元の笑みを直せないまま彼の隣を歩いた。
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09/04/22