幸福の形
暗い眠りの目覚めの先には輝きがあった。
きらめく陽射しを浴び、白いシーツを身体に巻きつけ、紅茶色の髪に顔をうずめ、隣で女神のような彼女――ハンガリーが眠っている。
手をのばして乳白色の頬にふれる。きめ細やかな肌の感触はどこかこそばゆい。そして、あたたかい。
「ん……」
櫛のように整ったまつげがふるえる。
ゆるりゆるりとまぶたが開き、若葉色の、生命力にあふれた瞳がのぞく。その彩りに姿を捉えてもらえるのは、なんという幸福だろう。
「おはようございます」
目をこすり、ふぁ、とあくびを漏らして答えが返ってくる。
「おはよう、ございます。オーストリアさん」
頬に置いていた手に、一回り小さな彼女の手が重ねられる。目をそらすこともなく、じっとお互いを見つめ続ける。
最初に笑みをこぼしたのはどちらだったか。見つめ合うこの状況がおかしかった。それがきっかけになって身体を起こす。
先にベッドを出た彼女は、落ちていたローブを拾いあげてまとった。絶妙なカーブを描くラインが見えなくなるのは少し惜しい。夜になればまた出会えるのだとしても。
ハンガリーはチェストにあった服を広げると、ごく自然にうちかけてきた。それは、召使として彼女を扱っていたころに何度となく繰り返した動作だ。甘い気分がかすかに苦くなったが、シャツにそでを通す。ボタンを留めようとする手をつかむ。
「そんなことをする必要はありません」
彼女はびくりと身体をふるわせる。しゅんと表情を曇らせた。こんな顔をさせたいわけではないのに。
「貴方は私の妻です。召使のようなことは、もう、しなくてもいいのです」
驚いたように目を見開く。はい、とうなずいた。笑みは聖母のように美しい。
抱き寄せて、ちょうどその位置にあったこめかみに唇を落とす。薄い桃色の耳に、すべらかな頬に、秀でたひたいに。最後は、ふくよかな唇に。
ほんのりと色づいた顔がどうしようもなく愛らしいと思った。全部をもらったはずなのに、さらに多くを求めたくなる。あるいは逆でもいい。すべてを与えたい、そして受け取ってほしい。
愛しています、とささやく代わりにただ、抱きしめた。主人と召使などではなく、ただの夫婦である私たちがさらに深く結ばれるように。体温が言葉のように彼女に染みわたっていくことを祈る。
彼女の細い腕が背中に回ったそのとき、幸福の形は完成した。
「先に朝食に行ってください」
女性の着替えは一人ではできない上に時間がかかる。おそらく、部屋の外では召使たちが彼女の支度をするために待っているだろう。
「分かりました」
寝室を出る。予想通り、ドアの外にいた召使たちが入れ替わりに入っていった。にぎやかな会話が聞こえてくる。元は同じ身分だったので仲がいいのだ。
楽しげで明るい、はつらつとした声をしばらく聞いて、食堂へ足を向ける。
浮かびあがる笑みをどう消せばいいのかは、分からないまま。
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09/06/17